前回、自宅のパソコン2台を Windows 11 にアップグレードしました。
その内1台は正規アップグレード対応品、もう1台はシステム要件を満たしていませんでしたが、ちょっとした手間でどちらも問題なく Windows 11 へアップグレード出来ました。
その際に、今までの歴代の OS の事が気になったので、収納棚に保管していたディスクを中心にまとめてみました。
なお、今まで購入したことがないので、今回の記事にはアップル社の製品は出てきません。
DOS
まずは、現在の普通のパソコンでは出番がない(ゲームエミュレーションなどを除く。)DOS(Disk Operating System)です。
当時は夢の大容量記憶装置だった、磁気ディスク装置(FDD, HDD)を使用可能とする OS でした。
ちなみに、世界初の商用 HDD は1955年の IBM 305 RAMAC で、重量約 1t、直径約 60 cm のディスクを50枚使用して容量は 4.4 MB だったそうです。(技術の進歩は早いもので、近い将来には Windows 11 で HDD はサポート対象外となるようです。)
下表は、本家の PC DOS と OEM 用の MS-DOS の一覧です。(Windows の内部バージョンを除く。)
| 販売年 | PC DOS | MS-DOS |
| 1981 | PC DOS 1.0 | |
| 1982 | MS-DOS 1.25 | |
| 1983 | PC DOS 2.0 | MS-DOS 2.0 |
| 1984 | PC DOS 3.0 | MS-DOS 3.0 |
| 1988 | IBM DOS 4.0 | MS-DOS 4.0 |
| 1991 | IBM DOS 5.0 | MS-DOS 5.0 |
| 1993 | PC DOS 6.1 | MS-DOS 6.0 |
| 1995 | PC DOS 7 | |
| 1998 | PC DOS 2000 |
PC DOS の Ver.1 は IBM 用で、マイクロソフト社が OEM 販売を始めたのが Ver.1.25、Ver.2 からは PC-9801 用が販売されています。
ジャンク箱で見つけたのは MS-DOS Ver.3.1 です。
色々なディスクを処分してしまったので、ラベルが付いた FD として残っているのは富士通の物だけでした。(NEC N5200 用の 8 インチ・ディスクもありましたが・・・)
この時期の DOS は、漢字 ROM などのハードで日本語に対応していないと日本語表示が出来ませんでした。(IBM マルチステーション5550 を除く。)

Ver.5.02 です。
いわゆる DOS/V と呼ばれる商品です。高速化した CPU のおかげでノーマルな IBM PC で漢字 ROM などのハードの力を借りずに、ソフトウエアで日本語表示が出来るようにしたものですね。
最初の DOS/V は J4.0/V ですが、処分したようで手元に残っていませんでした。

Ver.6.1 です。
マイクロソフトとの契約が切れて IBM 独自に企画・販売できるようになった以降の OS です。
マイクロソフト版(MS-DOS)は、Ver.6 が最後のバージョンになります。

OS/2
PC DOS と MS-DOS の正当な後継者として作られた OS/2 は、マルチタスクで 32 ビット対応(Ver.2 から)の強力な OS で、互換性を持たせるために内部に Windows の正規なライセンスによるモジュールを持っていました。
対抗 OS の Windows NT 3.1 が数々の不具合・販売時期の延期があったのと対照的に、OS/2 Ver.2.11 は安定して動作する OS で「落ちない Windows」として利用されました。

その後、スタートレックの用語から命名された OS/2 WARP(Ver.3)が1995年3月に発売され、日本でもパソコンの OS に採用されていました。
IBM とマイクロソフトの当初の契約では「OS/2 が販売されるまでの一時つなぎの Windows」で、OS/2 が IBM PC 用の OS になるはずでしたが、Windows 95 以降にマイクロソフト社製の OS との販売競争に負けて市場から消えて行きました。(最終バージョンは 1999年の Ver.4.5)

OS/2 の画面は「Nathan’s Toasty Technology page」より引用

Microsoft Windows
Windows 3.1
少し時代が戻りますが、1992年にその後の「OS 戦争」を決定づける商品が発売されました。Windows 3.1 です。
マルチメディアとオフィス・ソフトが高解像度の画面で動作する Windows の登場です。
(写真は、珍しい FD バージョンの Windows 3.1)

Windows 95
マイクロソフトの Windows NT シリーズの評価が急落した時期に、DOS も Windows も OS/2 のソフトも安定して動作する OS/2 WARP が出荷されて勝ち抜けるかと思われた 1995年8月(日本では11月)に Windows 95 が発売されました。
Windows 95 は、アップル社との GUI(画面の見た目が似すぎている)の裁判が終了したマイクロソフト社が、さらに「NeXTSTEP 風の見た目」を追加してカッコよく仕上げた OS で、多額のプロモーション費用のおかげで爆発的に売れました。
さらに、インターネットの利用が容易に出来たため、OS 界で「独り勝ち」状態になりました。
(下のディスクはベータ版の「Migration Planning Kit」です。)

その後、1997年に発売予定で開発時は「Windows 97」と呼ばれていた Windows 98 が出荷されました。
(このバージョンまでは、NEC の国民機 PC-9801 シリーズのバージョンも同梱されていました。)

NeXTSTEP
これ以降はマイクロソフト社に敗れた数々の OS です。
最初は大好きだった NeXTSTEP です。
とにかく、NeXTSTEP はハードウエアもカッコよかったのですが、アイコンやウインドウのデザインが素晴らしいです。
(画像は、「Inexhibit」の History and Design of the NeXTcube (1988-1995) より引用)

1989年に NeXTSTEP 1.0 が発売されました。中身は BSD 系の Unix でした。
その先進的な見た目は Windows 95 に取り入れられ、直感的で分かりやすいインターフェースは macOS に採用されました。
(アップル社は1997年に NeXT 社を買い取ったので、その資源を流用するのは問題ないですが、マイクロソフト社はどうなんでしょうか?)
NeXTSTEP のアイコンです。(画像はバージョンが混在しています。)

そして、こちらが同時期の Windows 3.1 のアイコンです。その差に愕然とした記憶があります。

今回、収納箱に現物がないのでアップル社の商品は紹介していませんが、macOS など現在のアップル製品の「ご先祖様」と言われている OS が NeXTSTEP です。
Windows の開発がうまく行かないマイクロソフト社と同様にソフトウエアの開発に失敗して買収されると噂の出ていたアップル社は、出来の良いソフトウエアを開発できる会社を金で買い取る起死回生の手段に出ます。
(この時の都市伝説では、マイクロソフト社には謎のインド人プログラマーが新型 Windows を売りに来たという話が、アップル社は当時絶好調だった NEC が買い取るという話がありました。)
最初に目を付けたのが次に紹介する BeOS ですが、予算が折り合わず頓挫します。
次に交渉したのが NeXT 社です。
(NeXT は、アップル社を追い出されたスティーブ・ジョブズ氏が設立した会社なので、アップル社の経営陣は内心、面白くはなかったでしょうね。)
NeXT 社の技術を(ほぼそのまま)使って作られた macOS を採用して、アップル社の業績はうなぎ登りに回復します。
なお、ネクストステップの英語表記は時代によって色々と変わりますが、今回は私の好みで後期型の「NeXTSTEP 」で統一しています。
NeXTSTEP の画面は「Nathan’s Toasty Technology page」より引用

BeOS
青と赤のアイコンが印象的な BeOS は、Unix でも DOS でも Windows でもない独自の OS として作られました。
BeOS の開発チームでは日本通の方が多かったという理由から、付属ソフトや開発コード名など色々な所に日本語が使われていたそうです。また、英語以外の言語として R4 バージョンから日本語対応しています。

BeOS の画面は「Nathan’s Toasty Technology page」より引用

BeOS は、どちらかというと色々な CPU 用の試作品で終わってしまった感じがしますが、開発終了後も HAIKU としてオープンソースで現在も開発が進んでいます。(現時点での最新版は、2024年9月の R1/beta5 です。)

BTRON
日本独自の OS として作られたのが TRON です。
そのパソコン用の OS が BTRON です。(組み込み用の ITRON、パソコン用の BTRON、メインフレーム用の MTRON の頭文字をつなげると IBM になりますが偶然です。)
1989年に日本の学校で使用する全てのパソコンは BTRON を採用すると決定されたのですが、アメリカからの無理難題で強固な圧力により学校での独自 OS の採用は消え去りました。
(この1980年代は、かの有名な「軍事秘密組織」DARPA が10億ドルという巨額の予算で「日本の最新コンピュータ技術対策」を行っていた時期と重なります。)
TRON プロジェクトでは、将来は人間の身の回りのすべての物にプロセッサが内蔵されると予想して、それらを統合して使用することを想定して設計されました。(1980年代ですから、40年以上前に出来た IoT の先駆けですね。)
TRON では、コンピュータ内の全ての情報を「実身」(実際のファイル)と「仮身」(ファイルのアイコン)として定義して、入れ子のハイパーテキストとして使います。(この考え方が他の OS と違って、使いづらいという意見もありました。)
また、「μBTRON バス」という現在の USB に匹敵する、電源供給にも使える入出力通信用のバスの仕様も作られて、専用 IC もヤマハ社から「CML2」という名前で作られていました。(実際には IEEE 802.5 の拡張規格)
しかし、BTRON が日本国内で教育用に採用されていたら「すべてがバラ色だった」的な意見もありますが、独自規格には困った問題も発生します。
日本独自のアナログ・ハイビジョン・テレビも、その技術と画面の美しさは素晴らしかったのですが、大型・複雑で高価なためにデジタル・ハイビジョンに駆逐されました。
すでに全世界で標準化していた IBM PC と異なる CPU を使った独自規格のパソコンで、学校教育を受けた子供たちが他の国で苦労する姿が見えるようです。
ちなみに、macOS を除き OS/2 や NeXTSTEP など Windows 以外の商用パソコン OS は2000年までに全て撤退しましたが、TRON はしぶとく生き残っています。
パソコン用では「超漢字」として販売中ですし、組み込み用途では、ガラケー、カメラなどの小物からトヨタの車両や小惑星探査機「はやぶさ2」、身近な例では Nintendo Switch の Joy-Con も TRON を採用しています。
BTRON の画像は、「月刊ASCII 1987年7月号」より引用

スマホの Android の次の世代の携帯端末には、ITRON が採用されないかなぁ。
(写真は IBM パソコンで動作する 1B/V1 の体験版です。)

BTRON の画面は「OS博物館」より引用

ウインドウ・システム
マイクロソフト Windows の Ver.3 以前は覚えている方も少ないと思いますが、Ver.1 と Ver.2 はページメーカー(Aldus PageMaker、後の Adobe PageMaker)という Macintosh 界隈では有名だった DTP ソフトの DOS 版に無料で付属していました。
PageMaker 1.0:Windows 1 が付属
PageMaker 3.0:Windows 2 が付属
他には Windows 1 上で動いていた有名なソフトを、私は知りません。
Windows 2 からは Word と Excel が登場します。
(PageMaker の FD を処分してしまったので、下の画面は 2003年から Duff 氏が運営しているネット上のコンピュータ・ミュージアム「WinWorld」から引用しました。)

Windows の初期バージョンは DOS 上で動くアプリで、各ウインドウを重ねることもできない「ただの1つの窓」でした。(1つなのに、なぜ複数形?)
また、この頃の Windows にはサポート期間の概念がなかったため、マイクロソフト社が2001年に発表した「Windows 95 以前の商品の一括サポート終了」までは有効でした。

なお、現在では誰でも知っている DTP という概念を1から作ったのは、PageMaker を製造・販売していた Aldus 社の社長であったポール・ブレイナード氏です。
また、画像ファイルの TIFF 形式も、この会社がオリジナルです。
Windows に対抗するように、日本でも同じ時期に有名なウインドウ・システムが販売されていました。ジャストウィンドウです。
1989年に販売された一太郎 Ver.4 から採用されたジャストウィンドウは、DOS 上で動作する日本独自のウインドウ・システムで、画像制作ソフトの花子や表計算ソフトの三四郎、データベースの五郎などの対応アプリケーションが動作しました。
ご覧のように一太郎 Ver.4 は独自のウインド・システムと漢字変換ソフト込みで FD 4枚のみです!

その後のジャストウィンドウ Ver.2 を搭載した一太郎 Ver.5 は、十数枚の FD になりました。

ジャストウィンドウの画面は「の回想録」より引用

各ウインドウ・システム
最後に今回紹介したそれぞれのウインドウ・システムを一覧にしてみます。(主に Wiki 情報)
赤文字は最終バージョンです。(BTRON は、超漢字として現在も販売中)
なお、BeOS の後継である HAIKU は商用 OS ではないので除外しています。
| 発売年 | Windows | OS/2 | NeXTSTEP | BeOS | BTRON | ジャストウィンドウ |
| 1985 | 1.0 | |||||
| 1987 | 2.0 | 1.0 | ||||
| 1989 | 1.0 | Ver.1 | ||||
| 1990 | 3.0 | 2.0 | ||||
| 1991 | 1B/Note | |||||
| 1992 | 3.1 | 2.0 | 3.0 | |||
| 1993 | NT 3.1 | Ver.2 | ||||
| 1994 | NT 3.5 | 3.0 | 1B/V1 | |||
| 1995 | 95 | DR6 | 1B/V2 | |||
| 1996 | NT 4.0 | 4.0 | 4.0 (beta) | 1B/V3 | ||
| 1997 | PR1, PR2 | |||||
| 1998 | 98 | R3, R4 | ||||
| 1999 | 4.5 | R4.5 | B-right/V R2 | |||
| 2000 | Me | R5 | ||||
| 2001 | XP | B-right/V R3 B-right/V R4 | ||||
| 2006 | Vista | B-right/V R4.5 | ||||
| 2009 | 7 | |||||
| 2012 | 8 | |||||
| 2015 | 10 | |||||
| 2021 | 11 |



コメント
OS-9もありましたね。
懐かしい話題でした。
ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
OS-9 は盲点でした。
モトローラ系 CPU 用の CUI のイメージでしたが、いつの間にか他の CPU でも動作して、ウインドウ・システムも完備していました。
すっかり忘れていましたが、組み込み用途などで現在も生き残っているのですね。
(Wiki で確認したら、使用例にパチンコ台と「スペースシャトルのメインエンジン」があってビックリしました。)
「スペースシャトルのメインエンジン」があってビックリしました。
本当ですね。私も驚きです。
私は、学生時代に実験装置の制御に6809が使われた、日立のベーシックマスターを使っていました。
当時は、PC-9801もなく、PC-8001よりもベーシックマスターが使いやすかったです。遠い記憶です。
私は Intel の石を使うことが多かったです。
と言っても、市販アプリで書類を作ることが多かったので、制御系が出来る方が羨ましいです。
入社した頃はお遣いでIntel社のMDSでROM焼きさせられました。OSはISISⅡ(CP/Mはこれのパクリとか)でした。
趣味でCP/Mマシンを手作りしようと思いましたが部品が手に入らなかったので、シャーブのMZ80BにYD74Cと言うジャンクの8インチFDDを繋げて移植しました。
会社ではゼロックスのJ-STAR(これのパクリと言うか、パロアルト研からのスピンオフがMac)で電気図面書いてました。
その後は事務職したり施設管理したりで遠ざかってました。
もう遠い記憶ですが、数年前に定年退職したのでまた雰囲気に浸ってみようと思ってます。
CLAY さん、コメントありがとうございます。
同じような年代の方と思いますが、素晴らしい経歴ですね。
ブログを拝見しました。
3Dプリンタも活用される犬好きの方とお察しします。
ぜひ、これからもよろしくお願いします。
PCで動くOSという縛りでもNEXTSTEPがアリなら、SUNのSolarisはどうでしょう。対応する古いグラボとネットワークカードを探すのに苦労しましたが、無料版でもATOKと商用フォントが付属していてBeOSよりはるかに実用的でした。
LinuxやBSD系まで含めると、ガワのGUIは何でもアリになってしまうため除外。
あと、一時期のAndroid系OSとWindowsCE系OSは、モバイルだけでなくPCでも動作しました。
enakaさん、コメントありがとうございます。
SUNのSolarisもカッコ良いですね。
秋葉原で見た、ケースに描かれた独特の青字のSunのロゴは忘れられません。
オーストラリアでは、今でも官公庁で使われているとか・・・
今回取り上げたのは「実際に使ったことがある」縛りでした。
確かに、1990年から2000年頃は色々な商用 OS が花盛りでした。