AI でピラミッドを作ってみよう!4

「AI 探偵(ChatGPT と Grok)」(挿絵は Google Gemini)を使って、「クフのピラミッド」を作ってみる企画の最終回です。
今回は、前回までの調査結果を使って、ピラミッドを作る手順を解説する予定でしたが、説明文では面白くないので物語にしてみました。
クフ王に転生した現代のサラリーマンが、ガンバってピラミッドを完成させるストーリーです。(ヘタクソな「小説」ですが、可能な限り当時を再現してみたので、楽しんで頂けるとうれしいです。)
前回までの調査内容は、以下をご覧ください。

なお、当然ですが以下のお話は、最新の古代エジプト研究資料を元にしたフィクションです。生活やピラミッド建設の細部は生成 AI が調べた資料を一部脚色しています。
(以下で使っている挿絵は、Google Gemini に作ってもらいました。)

ある秋の日

30代の普通のサラリーマンの俺が、気が付いたら知らない所に立っていた。
うっすらと白いモヤに包まれていた周囲の様子が、少しずつ見えてくる。
(少し香ばしいような、花や果物のような香りが・・・)

周りには赤銅色の肌の人々が遠巻きに囲み、部屋の壁は簡素なレンガ積みに見える建物の中だ。
「えっ?さっきまで昼食を買おうと思って、コンビニに行く途中だったのに。」
(どうやら、交通事故で女性を助けていないのに、異世界に転生したようだ。)
急に屋外から暗い室内に「移動」したので、最初は見えなかった室内に目が慣れてきた。

横にはキレイな女性がいたけれど、変なことを話しかけて嫌われたくなかったので、反対側にいるおっさんに話しかけてみた。
「ここは、どこですか?」
初老に見える男性は、驚いた顔だが形式を重んじた態度で答えてくれた。(日本語が通じたのかな。)
「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、体調がすぐれませんでしょうか?」(知らない単語は頭の中で翻訳された。)
白髪の男性は続けた「太陽がお隠れになったことが、太陽神たるネブ・タウイのお体に影響を与えたのでしょうか?」
・・・太陽がお隠れにって、ここでは日食が起きているのかな?

反対側の女性も心配顔で俺の顔を覗いてきた。
「ネブイ(我が主)、いかかがされました?」

手に持っていたスマホの電源を切って、鏡代わりに自分の姿を見てみる。
さっきまでは夏用の薄手のジャケットにネクタイ・夏用のスラックスをはいていたが、一瞬で姿形が変わったようだ。
体格も変化して筋肉質で健康そうな赤銅色の肌、服は良質な白いリネン製を着ていた。肩には色とりどりのビーズか何かで出来た重たいネックレス?が掛かっている。
そして、顔を見てみるとツタンカーメン的な被り物をした、20台前後の中東系?のイケメンな青年が立っていた。

俺の様子を、まだ見つめていた女性に話しかけた。
「えっ、俺の名前は・・・」
女性は緊張して少し震えながら答えた。
「偉大なるラーの子、クヌム・クフ・・・」
古代エジプトで「クフ」・・・そう、この日から、俺のエジプト王・クフとしての生活が始まったのだ。

次の日の朝

俺の態度が変だったので何かの病気と思われたらしく、その後の予定はキャンセルになって、俺は自室で休むことになった。
まあ、皆既日食が起きたので大騒ぎになって、それどころじゃなかったのかな。
(しかし、言葉だけでも通じて良かったな。古代エジプトの言葉なんか習っていないし。)

あ、忘れてた。不思議なことに身体1つで転生したと思っていたら、手にはスマホを持っていた。
もちろん、電波は圏外だけれど、このスマホは電池が無制限になったらしく、2日たっても電源は満タンだ。(神様ありがとう!)そして、さらに不思議なことに、このスマホは俺以外には見ることも触る事も出来なかった。

そこで、昨日の寝る前に、以前見たことのあるブログや検索履歴を探して古代エジプトの事は調べておいた。

年代年前内容
BC3,1005,125ナルメル王が上下エジプトを統一
BC2,6864,711カセケムイ王が内乱を収める。アビドス地方に埋葬された最後の王
BC2,6674,692ジェセル王、サッカラ地方に階段ピラミッドを建築
BC2,6134,638スネフェル王が即位(クフの父)
BC2,5894,614クフが即位(在位23年)←今ココ
BC2,5664,591ジェドエフラー王即位(在位8年)
BC2,5584,583カフラー王即位(在位26年)
BC25324,557メンカウラー王即位(在位29年)

そして、最初に会ったキレイな女性は思ったっとおり王妃で、名前はメリテーテス I世、21歳
オッサンは宰相、つまり国のナンバー2をやっているヘミウヌで、俺(クフ)の叔父さんだったけど、あの見た目で42歳だった。
どうやら、この時代の寿命は50代で打ち止めみたいだ。
そういう俺は、25歳のイケメン王様だった。(この年なら普通は王子だろうと自己突っ込みを入れた。)

俺にはクフとしての一切の記憶がないが、この時代の王族は一夫多妻の世界なので、俺にも3人のヨメがいて全員が美人だ。
・正妃がメリテーテス I世、21歳、クフ(俺)の父親、スネフェル王の娘だから腹違いの妹だ。
・第2王妃 ヘヌツセン、20歳、ヘミウヌ叔父さんとは別の親族の娘
・側室 イセト、19歳、遠縁の王族の娘

翌日の朝、暗いうちから侍女が起こしに来たので、それとなく今日の予定を聞いてみた。
すると、超過密スケジュールで覚えていられないので、後からスマホのメモ帳に入力しておいた。
そして、体に香油を塗られながら暇だったので、王宮の様子を教えてもらった。

宮殿は、石ではなくて「日干しレンガ」(アドベ: Adobe って、あのソフトメーカと同じ名前だね。)で出来ていた。
この素材は、粘土や泥と草を型に入れて乾燥させると出来上がり。簡単に作れて用済み後は自然に戻るエコな素材でした。

建物は 50m ほどの長さの巨大な平屋建てで、大広間を含む20部屋以上の公務室と王の家族のためのプライベートエリアに分かれている。
中庭には日々の祈りをささげる神殿と庭園に噴水が配置され、果樹(イチジク・ナツメヤシ)が植えてあった。
宮殿の付属設備として、王宮の財産を保管する倉庫、宮殿管理の事務所なども備えていた。

宮廷スタッフは毎日通勤してくる高官(宰相、王の印章保持者、執事長、台所長)などの他に書記・門番・警備員、侍女など100名以上が勤務していた。

そして、エジプト王の仕事も何となく理解した。
簡単に言うと、総理大臣と最高裁判所長官、外務大臣・財務大臣・防衛大臣と警察庁長官を兼務して立法権を持ち、国内経済を回しながら宗教的には祭祀の主宰を行う、国民からは神だと思われている存在でした。(1人でこれだけ働くなんて超ブラック!)
三権分立も政教分離も関係ない、やりたい放題!

これが、クフ王の俺の1日の予定だ!

時間仕事・役割
5:00起床・沐浴・香油で清める。
5:30神官による短い祓い、軽食
6:00宰相からの朝の報告受け
6:30書類閲覧・王印で決裁
7:00宮廷庭園で太陽神へ祈りの儀式
7:30宰相との会議
8:00訴訟の裁定や領主・高官との謁見
9:00神殿など宮殿外の訪問
10:00軽食
10:30王妃との懇談、王子・王女への教育
11:00軍事・外交の報告受け
12:00正餐(魚・肉・パン・野菜・ワイン)
12:30寝椅子での午睡
14:00宮殿工房の視察、書記と収支管理(穀倉・賦役確認)
15:00宰相や王族と協議、外交使節との謁見
16:00神殿祭祀(太陽神ラーへの夕方の祈り)
16:30休憩(音楽・ボードゲームなど)
17:00夕食(家族との夕食)
17:30王妃・子供たちと歓談、家庭的儀礼
18:30公的な晩餐会
20:00夜の清め、短い祈り
20:30就寝

とりあえず、侍女がしっかりと時間管理をしてくれるので、スマホの時計を見て怪しまれることなく、2日目のエジプト生活も無事終了して就寝時間になった。
しかし、時計もないのに分刻みのスケジュールが流れてゆくのはスゴイ事だ。
真面目な官僚が沢山いて、裏で頑張っていることが伝わってくる1日だった。

重大な国家行事

翌日も、太陽が昇るより前に侍女に起こされて、香油で清められて1日が始まった。
宰相の叔父さんから、明日は重要な報告があると聞いていたので、早めに朝食を済ませて執務室で待っていた。

「ネブ・タウイ、本日はメル(ピラミッド)の建設に関する事前調整に伺いました。」
この時代は年齢ではなく王の血筋を基にした家系が絶対で、20歳ほど年上のヘミウヌ叔父さんは王の俺には絶対服従の姿勢を崩さなかった。
俺に対する呼称も、王妃や侍女のように「ネブイ(我が主)」ではなく、正式名称の「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)」と呼んでくる、真面目な人である。
この頃のエジプトは、2つの地域が統一されて1つの巨大な王朝が作られた後で、王の正式名称は「上下エジプトの主」だった。

「ピラミッド」とは後年付けられた名前で、当時はメル(昇る場所)と呼ばれていて、侍女セネトの手ぶりを付けた耳打ちを受けるまで気づかなかった。(どうやら、侍女は俺が記憶を失っていると思っているようで、昨日から色々と教えてくれている。でも、顔色変えないあたりは完璧な侍女だな。)
「メルの建設場所は決定してるのか?」
俺は可能な限り威厳を持った声で答えた。どうやら、日本語で話すと相手には現地語で聞こえるようだ。
これが小説の中なら、転生した主人公はチートな能力をもらって大活躍するはずだけど、俺には現地の言葉が分かる以外に特殊能力はなかった。

ヘミウヌ叔父さんは、少し困った顔で「スネフェル王の墓所の近郊で、現地調査を進めております。」と言ってきた。
スネフェル王は俺(クフ)の父親だけれど、1か月ほど前に亡くなったらしい。
父が亡くなって第1王子だった俺は、自動的に王に就任したらしい。(叔父さんは、亡くなった王は名前で呼ぶんだな。)
そして、王に就任して王位継承式の次にやる一番の仕事が、自分の墓であるピラミッドを作ることらしい。

スネフェル王のピラミッドは宮殿のあるメンフィスから 5 km 位と近いけれど、史実でクフ王がピラミッドを建設するギザは 20 km ほど離れている事はネット履歴で知っていた。
「すでに計画を進めているところ申し訳ないが、近日中に実際にこの目で見て建設場所を決定したいと考える。良いだろうか?」と聞いてみる。

「ネブ・タウイのお心のままに。」
宰相は頭を下げて静かに部屋を去った。
叔父さんには本当に申し訳ないが、すでに計画が進んでいても、ピラミッド建築地はギザに変更しないと歴史が変わってしまう。歴史が変わると現代日本に帰れなくなるような気がしたので、絶対にギザにピラミッドを作ろう!

その後、11時からの軍事・外交の担当者からの報告受けと、14時からの筆頭書記プタホテプとの収支管理報告の時間を使って、担当者に色々と聞いて分かったことがあった。
どうやら、俺はラッキーな時代に転生したようだ。

父の時代までで、他国との大きな争いは終了していたし、ここ10年ぐらいはナイル川の氾濫のおかげで予想より多量に栄養豊富な土が運ばれて、国の主要産業の農業は盛況で国庫に保管する麦は溢れんばかりの状態らしい。(これは、現場好きな俺としては実際に確認しに行きたいところだ。)

古代国家を運営するゲームソフトの Sim シリーズに熱中した俺としては、この設定はイージーモードに感じた。
「こんな時は、分析用のパソコンが欲しいなぁ。」営業現場で、分析した資料を見やすいパワポ資料に仕上げる場面が頭に浮かぶ。

現地調査

翌日から3日間は、通常業務を行った。
毎日、朝と夕方の祈祷が俺の重大な任務らしいので、「ジェド・メドゥ・ネトジェル・アンフ」(神の言葉は生きる)という舌を噛みそうな神にささげる言葉を何とか覚えて、胸を張って祈祷を行えるようになった。

朝の宰相からの報告の時間を使って、周辺でピラミッドを建築できそうな場所を教わっていた。
叔父さんの意見的には先代王の隣がオススメらしく、前回の建築ノウハウと建設資材の再利用を考えると、確かに理にかなっていたが俺の知っている史実と違うのが困ったところだ。

プタホテプ筆頭書記に国家予算の収支の概略を聞いて、まとめておいた。
・我が国は農業王国で農産物は豊富だが、生活に必要な沢山の資源は輸入に頼っている。
特に、レバノンからの木材・ロープ、シナイ半島のトルコ石と銅、スーダンからの香料などは、国を維持するために欠かせない。
・これらの資材を継続的に輸入するために、現地に資材調達要員を派遣しており、現地と輸送隊の安全を確保するための派遣軍を配置している。
これらの収入の内、何割かは自動的に寺院の取り分になっている。(正確な割合を知りたいな。)

収支は、ここ20年以上の間、農作物の収穫は豊作が続いているので、王宮の倉庫に備蓄した穀物の量は増えるばかり。
採石場から得られる石材と、貿易で得られた輸入資源も膨大な量が在庫されている。

書記などの官僚は真面目で色々な記録を誠実に残しているが、正確な計量技術がないために収支の数字化が難しく、さらに寺院の取り分が毎年変わる祭事の回数と規模で決まる「出来高」なので予測が出来ない。(神官が好き勝手をしている?)
また、農作物が物々交換の「貨幣」的な扱いなのに、長期保存には向かなく半年ほどで品質が低下する。
現在は、大幅な黒字なので問題ないが、今後、大規模な公共事業であるピラミッド建設が始まると困ったことになりそうな気がした。

4日後に、すごい数の護衛や従者とともに、ナイル川を船で移動して各候補地を視察した。
陸路では牛が引く馬車的な豪華な飾りのついた乗り物とロバの荷馬車で移動したが、ラクダが見当たらなかったので侍女に聞くと「ラクダ」という生き物を知らないらしかった。(帰ったら、スマホの履歴で調べてみよう。)

亡父スネフェル王の墓がある「候補地」では、宰相の説明に力強さを感じた。
その後、ナイル川を下って移動していると、夕方で陽が傾くころに川が大きく曲がる手前で特徴的な地形を見ることになった。
(場所的に、ここが間違いなくギザだけど、ピラミッド建設前の地形はこんな感じだったんだな。)

川岸から見ても、3つの丘が並んで見えるところは、21世紀のピラミッドのながめに通じるところがあった。
(この丘を利用すると、思ったより簡単にピラミッドが出来そうだな。)
この地形を見たら、俺は営業で磨いたスキルを使って、なんとか宰相を説得する決意をした。

ギザで合意

1か月ほどをかけた、ピラミッドをどこに建築するか決めるための現地調査は終了した。
これは、神である王が地方を視察する初めて行事だったらしく「シェムス・ホル」(王による視察)と名付けられて各地の神殿の壁にカッコいいレリーフを作ることになってしまった。(ちょっと恥ずかしい・・・)

そして、王宮に帰り着いた後に、ヘミウヌ叔父さんの説得に取り掛かった。
「先王の地に、私のメル(ピラミッド)を作る理由を確認したい。」

宰相は、「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、3つの利点がございます。」そう言って説明を始めた。
1 巨大なメルの建設にも問題ない、広大な土地の存在
2 主要産業である農業の最大産地である場所に建築して、王の権威を示す目的
3 それまでの王の墓のあるサッカラから独立し、王の神聖性を高める宗教的な目的
であるという。

そこで、俺はギザの利点を王宮のナンバー2であり、実際はピラミッド建設の全ての責任者である宰相に「プレゼン」した。
1 先王の墓の建設場所では十分な石材が採石できず、石材の輸送には苦労した。そして、石の不足から最初に建築したメルは崩壊、次のメルにも色々な試験的設計を行ったために2つの巨大な失敗作を生んだ。ギザなら良質な石材を手軽に得られるし、地盤も強固
2 ギザにメルを作れば、農業だけではなくナイル川を利用する全ての産業と国外の商人に対して王の権威を示せる。
3 ギザの地にはナイル川から見える3つの小山があり、ここにメルを作ることは神の意志である。あの小山の位置に世代ごとにメルを建設することで王朝の神聖性と継続性が保てる。

彩色したボードに、現代日本で培った説得力を持たせた資料を示しながら「プレゼン」を続けた。

「ネブイ(我が主)、王位に就いて短時間に成長されましたな。分かりました。ギザにいたしましょう。」
叔父さんが初めて正式名称以外で俺のことを呼び、少し打ち解けた笑顔で答えた。
(やった!歴史が変わらずに済んだぞ!)

翌日、王宮の大広間で、俺は自分の墓をギザに作ることを宣言した。
(これで俺が転生した理由の「歴史修正」任務は終了だな。あとはスローライフを満喫しよう。)
王は即位したら自分の墓であるピラミッド建設の指示をするのが一番の仕事で、他は日々の雑務をこなして行くだけで楽勝だと聞いていた。
その時まではそう思っていた。

建築開始

ギザの地に巨大なピラミッドの建設が始まった。
まずは、ピラミッド建築者が住むための「労働者村」が作られた。
村と言っても労働者以外に担当高官、神官、熟練職人、食事の準備要員など、最盛期には数万人が住むことになる巨大都市だ。

そして、ナイル川から資材を陸揚げするための湾港、ピラミッド近郊に採石場、採石場と湾港から石材を移動するための傾斜路、そして小高い丘を計測してピラミッドの土台の整備が行われた。

現場は重労働ではあったが、「神の施設を建設する聖なる労働」に参加できる誇りと、屈強な男たちを見物に来る適齢期の女たち、ヒーローを見るようなキラキラした瞳の子供たちのおかげで、笑い声が絶えなかった。

規格の統一

現代(21世紀)の工業化を可能とした理由の一つが規格の統一だ。
世界中どこで作られた部品も(アメリカのインチを除く。)、国際規格のメートル標準を使って作られているから、ピッタリと組み合わせることが出来る。
宰相おじさんに聞いてみたら、古代エジプトではアメリカと似た感じの長さの単位を使っていて、こんな感じだった。

単位当時の呼び名内容倍率現代単位
Digitḏbʿ(ジェバ)指1本の幅1.87cm
Palmšsp(シェセプ)手のひらの幅4 Digit7.48 cm
Royal Cubitmḥ nswt(メフ・ネスウト)建築用の標準7 palms, 28 digits52.36 cm
Khetケト距離の単位100 royal cubits52.36 m
Iteruイテル200 Khet約10.5 km

距離の単位は、正確な地図でも作るときに修正しよう。今回はピラミッドの建築に直結する「Royal Cubit」の長さを正確なモノに統一するぞ。

すでに目途は付いていた。
現代から持ってきた俺のスマホは、ネットの履歴で製品情報を見たら高さは 167 mm だけど横幅が 74.8 mm だ。
これはこの時代の「Palm」と同じ長さなので、俺のスマホで7つ分の長さを測ればピッタリ「Royal Cubit」になる。

宰相の叔父さんに Royal Cubit の出来るだけ正確な標準器を10本持って来てもらった。
叔父さんが持ってきた標準器は良く手入れのされた木製で、「Digit」が分かるように28の区切りと「Palm」の大きな印が7つ刻んであった。
さっそく比べてみると、俺の「スマホ標準器」より微妙に短いものが多かったが、3本は俺の標準器と同じ長さだった。
(すごい精度で作られているなぁ。)
それでも、巨大な建築物を作るときにズレがあるのは心配なので、全ての「Royal Cubit 標準器」の「1 Royal Cubit」と7つの「Palm」の位置を、スマホの正確な長さで修正して赤い印をつけた。

叔父さんを再度呼んでこう告げた。
「今後、長さの基準は、この王の尺を使用するように。」
「ネブイ(我が主)、各地のノモス(地方領主)と神殿に配布した標準器も、全てこの「王の尺」に統一いたします。」
(これで、巨大建築物でも誤差は最小に抑えられるだろう。)

そして、建築開始から半年ほどで、試作模型となる 20 m 幅の小型ピラミッドが、ピラミッド建設予定地の横に完成したと報告を受けた。

建築方法の確認

ヘミウヌ叔父さんに、細かなピラミッドの建築方法を聞いていたら、説明するのが面倒になったのか担当者を呼んでくれた。
設計技師補佐のマアトカレは、王族の血を引く男性には珍しく高級官僚になるのに興味がなくて、モノ作りが趣味と言う変わったヤツらしい。

すでに、彼ら設計チームは父スネフェル王の墓として「赤いピラミッド」という四角錐のピラミッドの完成形を作った経験があった。
「赤いピラミッド」は、高さ 104.4 m(160段)、底辺は 218.5 m × 221.5 m と「ほぼ正方形」の巨大な建築物だ。(現代ではクフ、カフラーに次ぐ世界第3位の大きさだ。)
マアトカレに聞いた限りでは、ピラミッド本体は15年で完成したらしい。

この時代の赤いピラミッドの正式名称は「Kha Sneferu(カハ・スネフェル)」で「スネフェル王が昇る場所」と言う意味と解説してもらった。
もちろん、先日、実際に見に行った時は、後世のように表面の上質な石灰岩が剥がされる前の「新築物件」なので、白く輝く巨大な外観は神々しくもあった。

「赤いピラミッド」の採石場はピラミッドの横 500 m の位置に作られ、ここで取られた石灰岩が赤みを帯びているために後世で「赤いピラミッド」と呼ばれるようになったのだ。
この採石場ではピラミッドで使う「コア石材」が確保できなかったので、色々な採石場から石材を運搬したが、ナイル川から離れた高台の建設現場に石材を持ち上げるのは大変だったらしい。

その採石場の測量方法は、こんな感じだった。
1 ピラミッドに積む段の幅を決める。(赤いピラミッドなら1段目は 220 m)
2 「Royal Cubit」標準器を使い、3つ、4つ、5つの合計12個の印をつけた「エジプトひも」を使って、基準点に正確な90度を記す。(3:4:5 を伸ばすと直角三角形になる。)

3 必要な石材の幅分(今回は 220 m)のロープを2本、必要な幅の1.5倍のロープ(今回は 330 m)1本を準備する。
4 「エジプトひも」の正確な90度を使って220 m のL字型を作り、残りのロープを張って直角三角形を作る。この三角形の斜面は 220 m の√2倍(約1.4倍)になる。
5 220 m の√2倍のロープをもう3本作る。
6 この4本のロープで正方形の敷地を作る。
7 こうして図った面積は必要な石材の面積の約2倍の広さだが、この当時の採石手順では「使える石材」の取得率は60%程度なので、石材の不良品を傾斜路の建設や内部の充填剤に使用すると、ちょうど良い石材量が得られることが経験から分かっていた。

なお、採石場から切り出す石材は、地層の厚さで一定ではないが、幅だけは同じソリに乗るように「2 Royal Cubit(104.72 cm)」で統一されていた。
石の高さの差は、ピラミッドを組み立てる時の段の位置をずらすことで簡単に対応できた。

また、実際の「赤いピラミッド」に使われた傾斜路は、途中までは2本の平行輸送路として作られて輸送の効率化が図られていたらしい。
現代のピラミッド建築の想像図では1本の傾斜路が描かれているが、実際には違ったようだ。
確かに、1本だと石材を持ち上げるだけで使ったソリを下す方法がないよね。

今日までの「クフのピラミッド」建築の進捗状況は、労働者村が完成して、ナイル川の港湾と港湾からピラミッドまでの輸送路の建築が進んだ程度なので、採石場の工事が本格化したら、建設中のピラミッドを見るチャンスは2度とないので現場を見に行ってみようと決意した。

王子の死

毎日の王の仕事はピラミッド建設に関係なく、柱時計のように正確に同じ時間に同じ仕事を続けていた。
たまに、裁判官としての仕事が発生したが、犯罪としては王族の墓の盗掘が一番重罪で死刑が確定していたので、叔父さんに「許可」を伝えるだけだった。

しかし、少し変更したことがあった。
それは、16時の夕方の祈りの後は家族の時間にすることだった。

最初は、2人の王妃と側室を合わせた全員の子供を集めて「家族の時間」を作ってみたが大失敗だった。
この時代のエジプト王朝は、初代統一王朝を作った500年前のナルメル王の血筋がどれだけ濃いかが王の継承順位になっていた。
だから、現代日本では考えられない近親者と結婚して子孫を作ることが王になる近道だった。
序列が違う王妃たちは自分の子を王とするために、それこそ血眼になって毎日を競い合っていた。

中学生の頃に読んだ、E・E・スミスが書いた最古のSFヒーローシリーズ「レンズマン」では、男性はキニスン、女性はクラリッサという作られた血筋があり、この2人が出会って出来る子供が銀河系を救うという壮大なストーリーだったけど、この王朝の血筋への執着は大丈夫なんだろうか?

転生してから数か月後からは、各王妃ごとに日替わりで「家族の時間」を過ごすことにした。
しかし、単純に3で割って順番に回していたらヘミウヌ叔父さんから(怖い顔で)アドバイスされた。
「正妃の家族の割合を増やして、側室の日にちを減らさねばなりません。」
(そうか、王妃の順位を考えないのは失敗だったな。)
この時代の1週間(Decan)は10日だったので、会う日数は4・3・2日にして最終日は休日にした。

「家族の時間」では、もちろん王妃たちの相手を頑張ったが、楽しかったのは子供たちへの教育だった。
正妃メリテーテス1世には、
・第1王子のカワブ
・王子のジェドエフホルとバウフラー
・第1王女のヘテプヘレス2世
カワブは第1王子だけあって若くして王の資質があった。
ジェドエフホルは学者向き、バウフラーは文官向きと感じたので、2人には「現代日本」の知識を少し教えてみると乾いたスポンジのように良く吸収していた。
ヘテプヘレス2世は幼い女の子だが、すでに実兄で第1王子カワブの妻だった。

王妃ヘヌツセンには、第3王子のカフラー
カフラーはとにかく笑顔のカワイイ王子で、他の兄弟に可愛がられる「人たらし」な子供だ。(カフラーは、将来はクフの次に有名な王だな。)

側室のイセトには、第2王子のジェドエフラー
王家の血筋だが側室扱いのイセト、子のジェドエフラーは賢い子だが、時々子供とは思えない眼をすることがあった。

第1王子のカワブは、俺が転生して1年ほどしてからは体調がすぐれないことが多くなり、最近の「家族の時間」の欠席が目立つようになっていた。
それまでは次期国王として俺からの教育を熱心に受けていたが、体力回復のために安静にするように指示していた。

しかし、これは俺の失敗だった。
つい、日本の常識で、病気と言っても少ししたら子供なんて元気になるものと思っていた。
ところが、今日の午後、本当に急に病状が悪化して眠るように亡くなってしまった。
(中世ヨーロッパでさえ子供時代の死亡率は高かったのに油断していた。俺の現代知識があれば、救う事が出来たんじゃないのか?)後になって後悔しても第1王子が戻ることはなかった。

正妃のメリテーテス1世は、この事があってから夜の懇談に顔を出さなくなってしまった。
彼女との間には(俺は何もしていないが)王子が3人誕生していたが、12歳という若さで亡くなった初めての子のカワブの死は耐えられなかったようだ。
引き続き正妃の他の子どもたちの教育は続けていたが、以前のように笑い声が聞こえることは少なくなってしまった。

俺はカワブの葬儀を進めつつ、次の後継者を指名しなければならなくなった。
困ったときは叔父さんだ。
ヘミウヌ叔父さんを呼んで、どのように進めるべきなのかを聞いてみた。
「ネブイ(我が主)、大変心苦しく存じますが、王家の理により年齢が上の者になります。」

年齢が高い順に、側室イセトの子「ジェドエフラー」、次が第2王妃ヘヌツセンの子「カフラー」だ。
残念ながら正妃メリテーテス1世の第2子は年齢的に3番目なので、上の2人に何かない限り後継者には出来なかった。

そのことを夜の家族の時間を使って、メリテーテス1世に説明した。
もちろん彼女は年齢順であることは分かっているので、ただ頷いていたが、さらに彼女が公的な場に出てくることは少なくなってしまった。
必然的に、俺の横には側室のイセトが立つことが多くなり、俺からの後継者教育はジェドエフラーに対して行われることになった。

現場視察

今まで王や王妃がピラミッドや神殿の建築現場を視察することはなかった。
俺としては、側室のイセトと王太子となったジェドエフラーの教育を兼ねて見学に行きたかったが、イセトから強い調子で否定されてしまった。
仕方がないので、いつも近くで俺の面倒を見てくれている侍女のセネトを連れてギザの地に向かった。

セネトは王族の出ではないが高位の官僚の娘なので、実際には何代かさかのぼれば王の血筋とつながるのだろう。
彼女は非常に知的で勘が鋭いので、俺が転生して来てから「クフ王」の人格が変わったことを、薄々は気づいているようだった。
そして、古代エジプトで生活するための常識を「いつの間にか忘れてしまったクフ王」に的確なアドバイスをしてくれていた。
そんな彼女を、いつのまにか俺は好ましく思っていたようだ。
(クフ王の役を演じて3年になるけれど、昔の俺のような自然体でいられるのは楽でいいな。)そんな風に感じていた。

周りから見ると俺の姿は今までどおりのクフ王だけれど、セネトと来たピラミッド建築現場の視察の時だけは、以前の日本人のサラリーマン姿で歩いているように錯覚していた。

クフのピラミッドの作り方

ここで、実際にクフのピラミッドの建築現場を見る事が出来たので、貴重な体験をお話ししておこう。
まず、地形の確認と計測が大切だった。

今回は、ピラミッドの材料となる石灰岩で出来た地形に、高さ 25 m 程度の高台があったので利用することになった。
さらに、ギザの大地は北西側が高台になっているので、10 m ほどを土台として利用しつつ、整地して出た土砂は傾斜路の材料に利用できた。
何度もピラミッドを作っている建築家たちの、素晴らしい知恵だった。

現在の技術で計測した地形図(Geological and Geomorphological study of the original hill at the base of Fourth Dynasty Egyptian monuments.)を引用したのが次の図だ。
ピラミッドは、丘の途中を切り開いて作られているのが良くわかる。

実際の地形と等高線図

そして、これがクフのピラミッドを建築した丘の断面図だ。

俺(クフ)のピラミッドに必要な石材の数は、Wikipedia では 230万個と出ていたが、宰相叔父さんから報告された石材数よりかなり多いので、今回の地形利用の場合の必要な石材数を簡単に計算してみた。
Wiki に出ている石材数は、驚いたことに実際に使った石の数を数えたんじゃなくて、体積から計算で求めたという事がスマホの履歴から分かった。(勝手に適当な数字を拡散するな!)
実際に各段の石の高さから計算し直すと 200万個になるようだ。

ピラミッドの高さ 25 m(29段目)までで使われる石材数は約78万個で、地形を利用して8割弱が節約できるとすると約60万個なので、200万個から引くと 140万個だ。

さて、これからは単純計算になるが、140万個の石材を完成予定の20年間365日運ぶとすると、
1,400,000個 ÷ 20年 ÷ 365日 = 192個/日
なので、1日平均 192個の石材を運ぶ計算になる。

石材運搬の労働者は最盛期の人員が1万人と仮定して、1個の石材は20名で運搬できたという資料が見つかったので、
10,000人 ÷ 20名 = 500組
500組 ÷ 1日に運ぶ石材数 192個 = 2.6
つまり、1つの組(20名)は、1日1個の石材を運搬すると3日弱(2.6日)のお休みと言う超楽勝な勤務環境だった。(誰だ、ピラミッド建築は過酷な奴隷のような仕事なんて言ったヤツは!)

まあ、実際の作業はこんな楽なものではなくて、地形の利用が終わった30段目で必要な石材数は 22,195個なので、この段から上の段へ石材を運ぶ条件を計算してみた。
この段の石材を運び終わるまでの日数は、500組の石材輸送グループが1日に1個づつ運ぶとすると、
22,195個 ÷ 500個 = 45 日で終了する。

さて、次の表が計算上の30段目から最上段まで10段ごとにまとめた石材数だ。計算上というのは、実際には石と石の間には隙間が出来るので。必要な石材数はこの数より数%は少なくなる。

段目石材数日数(1万人)日数(5千人)日数(2千人)
30-39208,802 418 835 2,088 
40-49178,806 358 715 1,788 
50-59154,753 310 619 1,548 
60-69134,734 269 539 1,347 
70-79115,084 230 460 1,151 
80-8999,114 198 396 991 
90-9982,416 165 330 824 
100-10966,098 132 264 661 
110-11953,795 108 215 538 
120-12942,139 84 169 421 
130-13933,038 66 132 330 
140-14925,139 50 101 251 
150-15918,372 37 73 184 
160-16912,944 26 52 129 
170-1798,609 17 34 86 
180-1895,056 10 20 51 
190-1992,532 10 25 
200-210722 
合計1,242,153 2,484 4,969 12,422 

石材の輸送員に1万人も動員できるのは農閑期だけだが、この計算なら2,484日(7年弱)でピラミッドが出来上がってしまうなぁ。
実際には、石材を持ち上げるための大規模な傾斜路を作ったので、こんなに簡単には出来上がらないけれど。

傾斜路の建築

この当時のエジプトには、車輪も滑車も鉄製の工具すら無かったので、ピラミッドを建設するには人力(+ロバと牛)しか使えなかった。
ピラミッドの建材の1個 2t(2,000 kg)程の石材を輸送するには、木製のソリを引っ張る方法しかなかったのだ。
でも、実際に同じ方法で石材の輸送を試してみたところ、20人程度で木製のソリを引いて移動するだけではなく、斜面も登れることが分かっている。

この下の絵は、クフのピラミッド周辺の人工衛星から見た地形の凹凸が分かる図に採掘場の場所を追加したものだ。
近場の採石場は 100 m 程、最大の採石場でも 400 m 程しか離れていないので、1日1個の石の運搬は簡単だ。

実際の傾斜路はこんな感じで作られて、採石場から掘り出された石材はピラミッドの上まで運ばれた。
・・・と言っても、空から見たわけじゃないから想像図だけどね。
(下図は、アメリカ人の考古学者 マーク・レナー氏の「The Development of the Giza Necropolis: The Khufu Project 1985」から引用しました。)

ちなみに、クフのピラミッド内には長さ 50 m 程の用途不明の「大回廊」(下図9番)があって、ちょうど良い感じの斜面なので「石材の持ち上げに使われた説」があるが、ピラミッドの入口と「大回廊」は北側で、採石場とは反対側なので、思い付きとしては面白いけど間違いだったな。

Wikipedia より引用
The Great Pyramid of Gizaより引用

実際には、石材を持ち上げる時に楽が出来るように、反対側に「カウンターウエイト」を吊り下げる場所として設計されたが、傾斜路の位置がピラミッドの中央から端へ変更になったので、使われずに「王の間の手前の祭場的な場所」に設計変更された、かわいそうな設備だった。
まあ、当時のエジプトではロープの材料は高価なレバノンからの輸入品だったので、何百m ものロープを千本以上常時維持するのは最初から無理だったんだ。

当時の照明器具

あ、そうだ、当時使っていた照明器具もピラミッドの建築に必要な情報だな。
暗い屋内や穴の中で作業をするときには、(ほぼ)無煙の油ランプを使っていた。

陶器製で植物性油(ゴマ油・亜麻・菜種・くるみなど)と麻で出来た芯を使ったランプだ。
ランプと言うと、その後の時代によく使われた鉱物や動物性の油を使ったランプは黒煙が出るために、ピラミッド内にススが残っていないのは謎だと言われてきたが、植物油ならランプを使ってもほとんどススは出ない。
さらに、油に少量の塩を混ぜると「無煙ランプ」が出来上がる。
現代の強力 LED ライトみたいにまぶしくないけど、夜の真っ暗に慣れている人にとっては十分な明るさだ。

Wikipedia より引用

ところで、「デンデラ・ライト」と呼ばれる電球みたいな彫刻を見て、「古代エジプトには超古代文明があって、電球と発電所があったはずだ!」と顔を真っ赤にして熱弁する人がいるようだが、この彫刻のある「デンデラ神殿」は紀元前50年ごろのローマ時代に作られたので、今(紀元前2570年頃)とは2500年ぐらい違うんだよね。
他にも、
・古代エジプトでは、電球の製造に必要な、ガラス、フィラメント、端子部分のキャップ、絶縁体で包まれた導線、真空ポンプを作る技術がない。
・電球を作れたとしても、発電設備がない。
・超古代文明か、異星人が電球と発電設備、配線を持って来たとしても材料が1つも発掘されていない。(持ち帰った?)

Wikipedia より引用

この彫刻は、当時の宇宙創造の物語の1節で、生命を創造する蓮の花(子宮のモチーフ?)を表しているという説が有力だが、クフの時代にはまだ形もないので、実際に作った人に聞けないのが残念だ。

ピラミッド建設の従事者

俺のピラミッドを作るために必要だった従事者もまとめておこう。
彼(彼女)たちは、ほとんどが農民出身で適時入れ替えが行われていた。
主要産業の麦の世話が出来ないナイル川の氾濫期に最大人員が徴用されて、最大人員は2万人ほどだ。

区分概数内容
直接作業員(石切・積み上げ)10,000人多くは農民、農閑期に動員。重労働担当
工房技術者・職人2,000〜3,000人石工、大工、銅工具職人、縄・木材加工、製材など。熟練職人
輸送員・補助労働者3,000〜4,000人牛車・ロバや舟運で石を運搬する人夫。港や輸送路の建設も担当
調理・給食要員1,500人労働者村で働く人々のパン・ビール・牛肉・羊肉・魚などの調理師(女性)
事務官・監督官200〜500人粘土板や石片(オストラカ)に出納記録、日報を記す。
軍警備・秩序維持100人〜200人現場の警備、物資輸送路の管理
神官(儀式担当)15人王の建設事業に伴う宗教儀礼を実施

ピラミッド建設でにぎわう「労働者村」の様子は、こんな感じだった。
もちろん、2万人も人口がある都市だから、ピラミッド建設に関係ない男たちや、働きに来ている男目当ての女たちが入り乱れていたので、昼間の人口はさらに多かった。

20世紀までは、古代エジプトではナイル川の東側が生きた人々が暮らす場所で、川の西側は死者の街だという学説が主流だったが、こういった巨大な街がピラミッドのすぐそばにあるのを見ると嘘だったのが良くわかるなぁ。

俺に出来る事

色々な建築現場を見て回り、採石場と傾斜路も順調に出来ていることが分かって安心した俺は、侍女をつれて「労働者村」に視察に行ってみた。

現場の監督官の屋敷は小さいが王宮のような作りで中庭と池も完備している豪邸だった。次に大きな邸宅はここに新しく出来た神殿の神官の家だ。
最大で数万人が住めるように設計された「労働者村」には、何軒もの製パン所やビール醸造所、建築に使う工具やカゴなどの小物屋などが作られていて、ちょっとした都市になっていた。
さらに、港湾には巨石を運搬して壊れた船を修理するドックや、建築従事者たちに支給する食事をまかなうための大規模な農場まで出来ていた。

最後に、普通なら王族は立ち入らない作業員の住んでいる建物を視察した。
「・・・」建物に入るなり侍女は絶句していた。
高位の官僚の娘のセネトは、現場の労働者が直接床に横になる姿にショックを受けたようだった。

(確かに、大きな建物を作っておけば、労働者の人数が変わっても屋根の下で寝られるので問題ないという考え方か。)
この方法の合理性は理解した。
しかし、衛生的にも次の日に疲れを残さない労働環境的にも、このまま放置はできなかった。
「俺に出来る事は・・・」王宮に帰って実際に出来る改善方法を考えた。

まずは設計技師補佐のマアトカレを呼んで、俺が作った図面を見せた。
「ネブイ(我が主)、これは何の図面でしょうか?」
(この時代には早かったか。)俺は少し後悔した。
俺が描いた図面は、現代風の3面図として作った労働者用の住居だった。
「プレハブと名付けた新しい住居だ。」
「ぱれはば?ですか・・・」マアトカレは新しい言葉に驚いているようだった。
「昨日の朝の祈祷の際に神から授かった、聖なるメル(ピラミッド)を建設する民のための住居だ。」

俺は「プレハブ」の利点を説明した。
現代のプレハブは工場で規格品の壁や床などの建材を大量生産して、現場で簡単に組み立てられる簡易建築物なので、今回のピラミッド建築のようにナイル川の氾濫期には多数の労働者を住まわせて農業の収穫期には人員が減るような用途にピッタリなのだ。
この当時の建物は日干しレンガで出来ているので簡単に建築出来るが、建物の設計は人数の増減に対応するのは難しかった。
そこで、労働者の最小単位である10名用の部屋を規格化してユニット式に増減できる設計にした。
材料は今までの日干しレンガを使用するが、気の知れた仲間単位で生活できるし、ベットも人数分を作り付けなのでゆっくりと休むことが出来る。
「ネブイ(我が主)、このパレハバは素晴らしいです!偉大なる神に感謝いたします。」
「・・・」(そんなにプレハブって言いづらいかな?)
とにかく、これで労働者の生活環境は改善されるだろう。

次にヘミウヌ叔父さんに相談をしてみた。
「こんな物を作ってみたのだが、どうだろうか?」
「ネブイ(我が主)、この像は何でしょうか?新たな神殿の装飾にしては小さすぎると考慮いたしますが。」
俺は、趣味の工作の技で頑張って作った、手のひらに乗る彫像を宰相に見せながら言った「我の像である。」
「ネブイ(我が主)の像ですか。メル(ピラミッド)の内部に埋葬いたしますか?」
「先日、メル(ピラミッド)の建設者を視察したが、聖なる任務に全霊で取り組む民たちの行いに大変感動した。そこで働きの著しい労働者の組に王の像を下賜したい。」

叔父さんは目を丸くして驚いていた。「・・・」
しかし、俺の真剣な顔を見て、意見を引くことはないと理解したようだ。
「ネブイ(我が主)、お心のままに、ただし、像の製作は工房の者にお任せください。」
「分かった任せよう。あと、もう1つ指示したいことがある。」
俺は続けて宰相に告げた。「視察で見たところ、労働者村はナイル川の水位が増加した場合浸水の可能性がある。洪水対策をお願いしたい。」
「ネブイ(我が主)、お心のままに。」
そう言うと叔父さんは部屋を後にした。
これで、今俺が出来る事は対応できた。

その後も、王の仕事の合間で、人々の生活を良くしようと色々な物を作ってみた。
転生小説では主人公が異世界で販売して膨大な富を得る設定のリバーシ(オセロ)を作ってみたが、すでに流行しているボード・ゲームがあるので見向きもされなかった。
食材で定番の、異世界で飛ぶように売れるマヨネーズも、新鮮な卵と酢を苦労して手に入れて作ってみたが、この時代の料理に合わない上に、酸っぱい味が腐っていると思われて誰も気に入ってくれなかった。

製紙も試してみたが、羊皮紙が普及している中世ヨーロッパ的な世界なら需要があるはずの現代の紙は、安価に出来る植物性の軽量なパピルスの紙が普及していて、識字率が2割を切る世の中では使い勝手が悪かった。
最後に、女性に絶対気に入ってもらえると考えてシャンプーを開発しようと頑張ったが、シャンプー製造の知識がゼロの俺には無理だった。
もちろん、鉄製の剣や黒色火薬、初歩的な銃などの武器も、製造方法を見たこともない俺には作る事が出来なかった。

現代知識があっても、実用的なものが作れなかったので、何か素晴らしい事を思いつくまでは、「新発明」計画は中止だな。
しかし、国内や近隣諸国に何か役に立つ鉱物や資材が見つかるかもしれないので、宰相のおじさんには色々な場所へ「資材捜索隊」を派遣するように指示をしておいた。

将来への不安

俺が古代エジプトに転生して5年が過ぎると、日々の仕事も慣れてきた。
そして、古代エジプトの将来についても見えてきたことがあった。
プタホテプ筆頭書記から上がってくる毎年の国家予算を比較して、それに気づいてしまったのだ。

実際の毎年の収入はこんな感じだ。

項目内容
農産物税収は主に麦の現物徴収で行っている。国内総生産量約 200万t の 20%(約 40万t)
石材国が管理する採石場から産出される石材(ギザの石灰岩、トゥーラの白石灰岩、アスワンの花崗岩)は、年間30万t が公共事業に使用される。
輸入資材エジプトの農作物は周辺国に大変好評で、対価で各国から輸入した重要な資材は、国有財産として倉庫に保管されている。

対して支出は、

項目内容
神殿・寺院維持費国内各地の神殿・寺院は王朝が維持・管理していて、費用を負担している。(穀物数万t + 家畜数百頭 + 金・トルコ石)
官僚の維持費宮殿の書記などの官僚の他に、地方政府の役員などの生活費に数万t
派遣軍等の維持費派遣軍と輸送部隊の維持に年間数百t の穀物と銅製武器などを支給
貿易経費各国との貿易用に、穀物などの農産物を年間数千t
公共事業年間1/3程度の期間、農民はナイル川の洪水で農業が出来ない。国民の 80% を占める農民の生活保護のために、公共事業を行って労働者に食事を支給

年間の収入が税率 20% と高めなために約 40 t もの穀物が徴収されているが、これは神殿と地方政府の取り分を含んでいた。そして、神官と地方の役人には王宮から生活費も支給しているのだ。
毎年の予算を確認し続けたら、このままでは国が立ち行かなくなることが分かった。
大きな原因の1つは、神官たちの好き勝手だ。

神殿では広大な土地と多数の農民を囲っていながら、王宮への納税義務がなかった。
さらに、王が交代するたびに作られるピラミッド複合施設には、新たな神殿が建つので神官たちの新たな雇用先が増えていった。
このまま行けば、国家予算は彼らに食いつぶされるのは、スマホの表計算ソフトでシミュレーションしなくても明らかだ。
何とかしなくては、とは思うのだが俺(クフ)は立場上は神と神殿をつなぐ側なので、簡単に来年から神殿にも課税するとは言えない辛さがあった。

国の予算の収支を改善しないと国の滅亡が近いことがはっきりした。
それじゃあ、好き勝手を行っている彼らの様子を知っておこう。
神官たちは、表向きは従順に王である俺の言うとおりに従っているように見えたが、裏で集まって何かをしているのはバレバレだ。
神殿の集会場が使われていない時に、スマホを録画状態でスタンバイさせた。
俺のスマホは彼らには見えないし電源も減らない不思議仕様なので、堂々と集会場の正面の神の像のところに置いてみた。

早速、回収して見てみると・・・
神官長のラホテプが中央に座って悪だくみ顔で神官たちに話していた。
「先日、神からの啓示を受けた。」
神官たちの姿勢が前のめりになる。
神官長はゆっくりと続けた。「現王は太陽神ラーの教えから遠ざかりつつあり、矯正の必要があるとのお達しだ。」
神官たちは驚いた顔をしている。
「1つ、自らが太陽神になり替わろうとして、先王より巨大なメル(ピラミッド)を作りつつあること。」
「おお」若い神官が納得して声を上げた。
「2つ、太陽神の姿を自らの顔に変えた像を大量に作り、神殿に奉納せずに民衆に配っていること。」
「3つ、聖母たるメリテーテス1世をないがしろにし、側室の子を後継者に選んだこと。」
「これらの悪行を、太陽神の愛子である私が見逃すことは出来ない。」
「ラホテプ(太陽神の愛子)!ラホテプ(太陽神の愛子)!ラホテプ(太陽神の愛子)!」

なんだこりゃ。
完全にこいつらは敵認定だな。
俺は、今後数年をかけて神殿関係者から税を徴収する方法を検討することにした。

国内状況は絶好調

ナイル川が年1回運んでくる肥沃な土砂のおかげで、王朝の経済は絶好調だ。
主要産業の農業は右肩上がりの収穫が続き、収入が増加した税収で行った河川整備のおかげで、農地が増えて人口が増加するので、翌年はさらに収穫が上がるという好循環だ。

この状態が続いてくれると最高だが、俺のスマホは圏外なので新しく情報を検索することが出来ない。
さすがに普通のサラリーマンだった俺は、古代エジプトのナイル川の氾濫の細かな情報など見たことがないので、その手の情報は履歴には残っていなかった。
(2代後のカフラー王が巨大なピラミッドを作れるぐらいだから、少なくても50年ぐらいは王朝は安泰かな。)

神官どもの悪だくみの監視は続けているが、ここ数年は集まって俺の悪口を言うだけなので、こちらも問題とは思っていない。
もう少し彼らが静かにしてくれていれば、近々、神殿からの徴収計画が開始されるので、農作物の不作が続いても国家の収入は大丈夫だろう。

そういえば、俺の墓になる予定のピラミッドは、叔父さんの当初の見積もりでは完成までに20年と言っていたが、建築から18年目になる2年後ぐらいには出来上がりそうだと報告を受けていた。
これは、毎年の神殿祭礼で「クフ王の祝福」と俺が名付けた「ピラミッド建設者で特にガンバった漢(おとこ)」を表彰する制度と、推しのアクリルスタンドの代わりに「優秀ピラミッド関係者」に配っている「クフ王の像」が人気なためだ。

毎年盛大に行われる神殿祭礼の最後に行われる「クフ王の祝福」の表彰式は、今では祭りのメインイベント化していて、選ばれた労働者・技術者は高官並みにピラミッド横に埋葬されることが約束されている。

盛大な年に1度の神殿祭礼

「優秀ピラミッド関係者」に配っている「クフ王の像」は、それまで各家庭にはなかった個人用の簡易な祭壇を持つ流行を生んだ。そして、この像を自宅に持ち帰って飾ることはステータスになり、遠い昔の日本のテレビみたいに像のある家に近所の住民が集まった。

当然ながら、どちらも選ばれた男たちは女性や子供たちのヒーローとなり、この特典をもらうための建設者の頑張りがピラミッド完成までの年数を早めたんだなと思った。

完成披露

俺のピラミッドが完成した。
幅 440 royal cubits(230.34)、高さ 280 royal cubits(146.6 m)という世界最大の大きさで、表面は白い石灰岩でおおわれた「アケト・クフ(太陽神であるクフが休む場所)」である。

神官長が取り仕切る中、神聖な儀式が続き楽曲や踊り子による奉納、豪華な食事や高級なワインとビールが参加者にふるまわれた。
国外からもたくさんの来賓を招いて、王族からは先王の妃、正妃、第1王子を始めとして全ての王妃、王子と王女が参加した。
この場で、俺のピラミッドの東横に母と王妃のピラミッドが建築されることが発表された。
このピラミッド完成披露は、祝日として全国民が仕事を休んでお祝いし、国の最大式典として5日間にかけて行われた。

クーデター

神官たちの悪だくみは、集まって俺の悪口を言い合っているだけで実行が伴っていない状態が数年続いていた。
神殿への課税の開始も間近に迫っているので、一応、定期的にスマホで監視していたが状況は変化なしだった。
それで、俺は油断していたんだ。
その間に正妃のメリテーテス1世は、側室の子で第1王子となったジェドエフラーと彼女の部屋で密会を重ねていた。

正妃は好青年に育ちつつある王子の目を見つめながらつぶやいた。「あなたは太陽神に選ばれた素晴らしい子です。」
「しかし、王になるには血筋が足りません。」
王子も真剣に正妃の目を見つめている。王妃が続けた「先王の正当な血筋である私と子を成すのが最善の方法ですが、現王は太陽神に背いていると神官長から報告を受けています。そのため、悪王の妻である私と子を成すことは叶いません。」
後ろで控えていた神官長が大きくうなずいた。
「そこで、先王の血が濃い私の娘、第1王女のヘテプヘレス2世と婚姻しなさい。」
「分かりました。」
第1王女のヘテプヘレス2世は、若くして亡くなった実の兄カワブの妻だったが、メリテーテスは「王の母」として君臨するために幼くして未亡人となった娘を次期国王の妻にしようとしているのだ。

「すでに悪王の墓は完成しています。」メリテーテスの口角が少し上がる。
ジェドエフラーは正妃の美しい目に魅入られながら「つまり・・・」と消え入りそうな声で答えた。
続きをメリテーテスが語りだした。「そう、悪王は近々お隠れになり、新しいメル(ピラミッド)の建設が始まるのです。あなたのメルです。」
「はい。」力強く王子が答えると、神官長はにやりと微笑んだ。
(これで、神殿への課税と言う神を恐れぬ所業はやめさせることが出来た!)ラホテプ神官長は勝ち誇っていた。
(しかし、クフ王の悪行は未来永劫に神官の間で語り継がねばなるまい。)

危機一髪

突然、ヘミウヌ叔父さんが予約なしに執務室に現れた。横にはプタホテプ筆頭書記と侍女セネトが控えていた。
「ネブイ(我が主)、恐ろしいことをご報告しなければなりません。」

正妃と第1王子がクーデターを計画していた場所には、高位神官である侍女セネトの弟がいたのだ。
「ネブイ(我が主)、弟がすべて教えてくれました。神官長様、正妃様、そして第1王子様は・・・」

クーデターの内容を知った俺は落ち込んだ。俺は力なくつぶやいた「分かった。ありがとう。」
(ジェドエフラーの名前は俺のスマホの履歴に詳しくは残っていない。有名なギザの3大ピラミッドを作った王は俺と、王子のカフラーと、まだ生まれていないメンカウラーだから、名が残っていない程度のマイナーな王だ。つまり王位に就いても長くはないのか・・・)
俺は、第1子のカワブを若くして亡くしたので、第2子のジェドエフラーには期待して王子教育を行っていたのに、その彼に命を狙われるとは。

王座で力なく頭を下げていた俺を、宰相、筆頭書記と侍女セネトが心配そうに見つめていた。
俺の言葉を待っている3人に力なく語る「まだ、メル(ピラミッド)は本体以外の重要な施設は未完成なので、すぐに事が起きるとは考えられないが、何か動きがあったらすぐに知らせてくれ。」
「少し自室で考えをめぐらす事にする。」俺は力なく立ち上がると、自室に移動した。

その夜、なかなか寝付けなかったが、浅い眠りの中ではっきりとした夢を見た。
ピラミッドの中から呼ぶ声が聞こえるのだ。
そして、その声が手招く方に進むと新しい道が開けた。
大汗をかいて目が覚めた。まだ、夜中のようだった。
(夢なのか?夢にしては、はっきりと覚えている。これは・・・)

目が覚めてしまったので、クーデターを起こして俺の事を亡き者にしようとしている、神官たち・正妃・ジェドエフラーへの対応方法を、もう一度整理した。

俺(クフ王)の戴冠式は紀元前2589年の8月に行われた。そして俺がこの世界に来たのが9月3日の日食の日だった。
それから数えると、22年経った今年は、紀元前2567年。この年の6月10日、つまり明日もスマホの情報が正しければ皆既日食になるはずだ。
そして、それに合わせたように見た夢の内容・・・

朝早く、昨日の3名は誰が呼ぶわけでもなく、俺の部屋に集まってきた。
俺は叔父さんに向かって話しかけた。「昨日、神託を受けた。明日、太陽神がお隠れになる日食と言う奇跡が起こる。」
「そして、その日食が起こる時にメル(ピラミッド)の内部で、さらなる太陽神の奇跡が示される。」
ヘミウヌ叔父さんは目をつぶってうなずいた。俺の荒唐無稽な話を信じてくれたようだ。

次に筆頭書記のプタホテプを向いて話した。「私の統治は近々終わるかもしれない。しかし、私が常に心掛けた人民を第1に考えた治世を続けてほしい。」
筆頭書記は涙を浮かべながら「ネブイ(我が主)のお心のままに。」と答えた。

最後に侍女のセネトに「付き合ってくれるか?」
「はい。」彼女は力強くうなずいた。

俺は王の正装に、侍女のセネトは王妃の正装に着替えて、叔父さんが準備してくれた船に乗ってピラミッドを目指した。
侍女のままの服装だと、いつもの視察だと思われて神官たちに警戒される恐れがあったので王妃に変装させたのだ。

ギザに到着してピラミッドが見えたころ、予想したとおり太陽が暗くなり始めた。
「国中が大騒ぎで、クーデターは延期だろうな。」俺はつぶやいた。
(スマホの日食のデータは不完全だから、この後ピラミッドに入ってしまうと太陽が完全に隠れる日食なのか確認できないのは残念だな。あとは、ピラミッド内で何が起きるのか・・・)

ピラミッドの入口は、まだ、盗掘防止装置を作動させる前だったので、秘密の扉を押すと1人の力でも簡単に押し下げて、内部に入ることが出来た。
ピラミッドに入ると真っ暗だった。
俺はスマホのライトを点けて、侍女セネトの手を引いて下降通路を進んだ。
上昇通路を上ると「大回廊」に出た。
一定間隔できらびやかな装飾品が置かれ、ピカピカに磨かれた長さ 50 m 近くの巨大な通路は、俺のために作られたと分かっていながら圧倒される。
「大丈夫かい?」俺はセネトにたずねた。
「・・・」ピラミッド内部の雰囲気にビックリしたのか、彼女は無言のままだった。

「大回廊」を上り終わり、最後の盗掘防止用の扉を過ぎると「王の間」だ。
この部屋も「大回廊」同様の素材だが、さらにきれいに磨き上げられている。その右手には完成までに10年間を費やした巨大な石棺が鎮座している。
まあ、実際の王墓は地下にあるから、これは盗掘防止用のダミーなのだけれど。
最初に来てみたが、夢で導かれた場所はこの部屋ではなかったようだ。

大回廊を戻って、「女王の間」に入った。
この部屋は「王の間」ほどではないが、きれいな石材で出来ていた。右手には祭壇が作られている。

セネトはゆっくりと尋ねた。「ここから、神の国に向かわれるのですね。」
「聞いてくれ、これから行くのは神の国じゃなくて俺が昔住んでいた「日本」という国だ。」
「はぽん?」さすがのセネトでも、聞いたことがない国名は理解できないようだ。
「今から4000年後の東洋の国、日本だ。」
「・・・」セネトは絶句した。
俺はゆっくりと優しい声を心がけて尋ねた。「そこに俺と一緒に来てくれないか?」
「ネブイ(我が主)、私でよろしいのですか?」
彼女の両手を包むように握りながら「ああ、君と一緒に行きたい。」
彼女はうっすらと涙を浮かべた顔でうなずいた。「あの日から、心よりお慕いしておりました。」

二人でゆっくりと進むと、夢の中と同じ声が聞こえたような気がした。
そして、青白い光に包まれながら、俺は気が付いた。(クフ王のミイラが見つからないのはこういう理由か・・・)

故郷

青白い光が消えると、突然、現代日本に転移して帰還することが出来た。
戻った場所は、転生する前に昼食を買いに行ったコンビニの前だった。

そして、よく見るとセネトの姿はそのままだが、俺はイケオジ王から普通の日本人のオッサンに戻っていた。(30歳で転生して20年経ったら50代だから、今の40代の見た目は神様の贈り物かな?)

しかし、見れば見るほど俺の姿は変態オヤジのコスプレだ。
落ち着いて考えている俺と違って、侍女のセネトが悲鳴を上げていたので、とりあえず落ち着かせることにした。

俺のスマホは久々に電波を捕まえていた。
そして、スマホの月日と時間を見てみるとイヤな予感が的中した。
転生する前と場所が同じだけでなく、時間も俺が転生した時に戻ってきたようだ。
良くある転生小説みたいに30代に戻らず、古代エジプトで過ごした約20年間は、浦島太郎のように俺の姿形を変えていた。

「まずは再就職だな。」
(当然、この姿じゃ元の会社には戻れない。でも、何も知らない古代エジプトでピラミッドを作れたんだから、現代日本でやり直すのはイージーモードだな。)
「何か言いました?」落ち着いてきたセネトが尋ねてきた。
「ああ、やる気が出て来たよ。ところで、俺はこんな姿に変わったけど大丈夫?」
「中身が変わったとは感じませんから、どこまでもついて行きます。」「置いて行きませんよね?」久々に彼女の笑顔が見られた。

「まずは小銭を稼いで食事と・・・その前にセネトの着るものだな。急いで下着を買わなくっちゃ。」
「上等な王妃様のお着物を頂いていますが。」
「場所が変わると常識も変わるのさ。多分、王の装飾品は純金製だから、手っ取り早く現金化しよう。スマホのマイナンバーカードを使えば身分も証明できるか。」
「・・・」
「美味しいものも御馳走するよ。さて、次は何をやってみよう?」

創作した内容

1 この物語はフィクションなので、もちろん、クフ王は転生者ではありませんし、クフ王の遺体(ミイラ)が見つかっていないのは、日本に帰った為でもありません。
また、クフのピラミッドに転移機能はありません。

2 クフ王はエジプト最大のピラミッドを作った王ですが、ミイラどころかその姿は壁画にも彫像としても残っていません。
唯一の姿は象牙製で後世に作られた高さ 3 cm の像が残るのみとも言われています。

クフ王の像:Wikipedia より引用

3 クフの宰相だったヘミウヌは、叔父ではなく甥です。年齢もクフと同年代で当時としては巨漢(デブ)でした。(発掘された像に乳房があるので女性では?と言う説もあります。)物語の都合上、頼りになる年上の叔父に変更しました。

ヘミウヌの像:WikiMedia より引用

4 クフは謎が多く、記録が残っていない王です。
前王のスネフェルから王位を継いでいますが、血統を重んじる古代エジプト王朝にもかかわらず実子である記録が見つかりません。また、スネフェル王の妻ヘテプヘレス1世の子供だという証拠もありません。
スネフェル王には沢山の(濃い血筋の)子供たちがいたのに、王位を継いだクフは養子だという説もあります。
逆に、ヘテプヘレス1世の墓がクフのピラミッドの横にあるため、ヘテプヘレス1世が実母でスネフェル王はクフに王位を継がせるために彼女と結婚したという説まであります。

5 2000年ほど後の後世では、ヘロドトスの「歴史」の中でクフの事を、神官から聞いた内容から残酷な独裁者と記述しています。
彼が後世に与えた影響は大きく、この世界初の歴史書に「ピラミッドは奴隷が作った。」「神殿を閉鎖して宗教弾圧を行った。」「クフの治世の間、国民は苦役にあえいだ。」「金にがめつく娘までも娼館に売り払った。」などと書かれているために、クフ王は嫌われることになりました。
これほど神官に後世まで悪口を言われるとは、何か神官たちに対して利益に反することをしたと考えられます。
しかし、その後の王朝でクフの名を冠した色々な建物などが見つかったり、ピラミッド内に「クフの仲間たち」などと落書きがあったり、後年になってもクフの小さな像が出回っていたことから、国民に好かれた王だったと考えられています。

6 この時代の王族は、血統を維持するために色々なことを行っています。
真偽は不明ですが、クフ王の妻も物語に出てくる女性以外に、実姉のネフェルカウ(Nefertkau )や実娘のヘテプヘレス2世(Hetepheres II)を妻にしたという説もあります。

7 クフの次の王になったジェドエフラー(Djedefre)は王位期間が8年間と非常に短い王ですが、出生不明で母親が誰だか分かりません。作ったピラミッドも形が残ってなく、政治・経済的にも記録がほとんど残っていません。(ヘロドトスの「歴史」にも記載がありません。)

8 ジェドエフラーは、側室の子、クフの姉のネフェルカウ(Nefertkau)とクフの子、正妃メリテーテス1世(Meritites I)の次男であるという説があります。(今回は名前不明の側室にイセトと名付けて、その子としました。)
さらに、クフの第1王子カワブ(Kawab)と結婚したクフの第1王女ヘテプヘレス2世(Hetepheres II)が次に嫁いだのがジェドエフラーなので、彼が正妃メリテーテス1世の次男なら実の兄妹で結婚した事になります。

9 クフの第1王子のカワブが亡くなったのは30代以降です。20代頃には宰相になっていたという説があります。今回は物語の進行上、10代で亡くなったという少数派の説を採用しました。(王位継承の抗争でジェドエフラー派に暗殺されたという説もあります。)

10 ギザの3大ピラミッドは隆起した地形を利用して建設されたという説は現在では多数派ですが、ピラミッドの元の地形が「どの程度の小山」だったかは諸説あります。(全体の 10% ~ 40% 以上まで)
クフのピラミッドの積んだ石を良く見ると、下の写真のように3段目までは地形を削って加工した部分が分かります。(Google Map より引用)
周辺の石を退けることが出来れば、もっと上段まで地形を削った部分が出てくる可能性が高いです。

この各説では、クフのピラミッドの「コア石材」数は100万個から200万個まで変化するので、今回は中間値の140万個を採用しました。
エジプト考古学庁長官だったザヒ・ハワス氏は2025年5月に「数えなおしたところ、クフのピラミッドの石材の数は100万個を大きく下回る。」といった発言をしていますが根拠資料は見つかっていません。

11 当時の建築で使った長さの単位 Royal Cubit(52.4 cm)は、その後古代ギリシアや中世ヨーロッパの長さの単位の元となりましたが、スマホの横幅7個分ではありません。
当時の定規はこんな感じで大変精密に出来ていて、「1 Digit 1.87 cm」が最細ではなく、1/16 Digit ≒ 0.1 mm まで測れました。

12 ピラミッド建設者用の都市「労働者村」の住居は、元々快適に生活できるように設計されていました。クフ王が設計を変更していません。
また、当時の神様扱いだった王が自ら視察に行ったり、ピラミッド建設の細部を指導することはありませんでした。多分、宰相のヘミウヌか部下が設計したものです。

13 ピラミッドと傾斜路建設の部分は、生成 AI が調べた内容を基にした一部創作が混じっています。
「傾斜路」が使われたか、その詳細は確認されていません。
「大回廊」の用途も解明されていません。

14 古代エジプトで記録が確認できる皆既日食(昼間に完全に太陽が隠れる状態)は、紀元前2471年4月1日、第4王朝末期のシェプセカフ王の治世です。
この時には色々な混乱が起きたことが研究成果として示されています。
紀元前2589年9月3日と紀元前2567年6月10日に皆既日食が起きたとしたのは、ChatGPT による天体シミュレーション結果で、ギザ地方でも日食が見られた可能性が高いためです。(NASA が公表しているデータが紀元前2000年までで、それ以前は誤差が大きくなります。)
皆既日食が起きても、転生やタイムワープなどは起こりません。

15 ピラミッドの建設方法は、生成 AI が調査した結果を一部脚色しています。
基本的には、古代エジプト研究協会(AERA)のマーク・レナー博士の論文や書籍などから、ピラミッドの建築方法のアイディアを得ています。
レナー博士は、ピラミッドを建築する人たちが暮らす都市「労働者村:Heit el-Ghurab」を発見した人です。

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