AI でピラミッドを作ってみよう!2

前回に引き続き、「エジプトのピラミッドは人間が作ったのか?」を、Google 先生と「AI 探偵(ChatGPT)」(挿絵は Google Gemini)の力を借りて調べます。
(前回のピラミッド建設の調査結果は、下を見てください。)

今回は、前回に続いて「5W1H」の(誰が・何を)を調べてみます。

だれが(国民)

3大ピラミッドを建設した当時の古代エジプトについて ChatGPT に調べてもらいました。

人口:約150万〜200万人
働き手の成人男性の割合は、全人口の 20 〜 25 % なので約 50万人です。


平均寿命は計算上は20〜30代、ただし、乳幼児死亡が高いため、成人まで生きた人は40〜50代までは生きるので、結構な割合で高齢者も生存している。(ChatGPT が40〜50代は高齢者と言うんですよ。)
当時の人種は現在と多少異なり、ナイル流域に土着した人々を中心に、サハラから流入したアフリカ系集団と、近東から伝わった農耕・技術を受け継いだ混合民族だと言われています。(肌の色は赤銅色)

諸説ありますが計算を簡単にするために、この記事では当時の人口を200万人と仮定します。

国民の職業別グラフ

クフのピラミッドを作った当時の、古代エジプトの全国民200万人を職業別に分けてみました。(人数が少なくて割合が0.1%以下になる、王家の人々や奴隷などはカウントしていません。)

・「農民・耕作者・牧畜民など」: 80%(160万人)は、子供・女性・高齢者を含む耕作者・牧畜民・漁師で、主食(穀物・野菜・家畜)を担う納税者。氾濫期は余剰労働力として建設に動員
・「職人・工房・都市労働者」: 10%(20万人)は、陶工、石工、パン職人などで、通常は日用品を供給するが、ピラミッド建設時は熟練労働者として交代で勤務
・「事務官・書記・下級官吏」 2%(4万人)は、読み書きできるエリートで王朝の管理基盤として機能
・「神官・寺院職員(宗教機構の常勤要員)」:2%(4万人)は、儀礼と寺院経営を行う。寺院は土地を所有し農民から徴収するなど大規模な経済単位でもあった。
・「商人・行商人」:2%(4万人)
・「軍人・保安要員」:2%(4万人)は、戦争が少ない平和な時代だったので主に治安維持要員
・この円グラフには入っていませんが、残りの人員は「王族」、「都市無職」、「奴隷」、「犯罪者」などと端数誤差です。(この時代の奴隷は、スネフェル王(クフの父)の頃に確保した少数の戦争奴隷が、王宮などに存在した程度です。)

古代エジプトは、すでに高度な官僚社会でした。世襲制の書記・事務官が4万人もいる国です。
人口が200万人と古代エジプトと同程度の札幌市の事務職員数が7,396人なので、その多さが分かります。

識字率が 5%程度と言われている当時のエジプトでは、読み書きのできる書記はエリートでした。
王朝や地方長官の下で、行われた全ての事を記録する彼らは、1日中、事務仕事を行っていて腰痛に悩んでいたという記録もあるそうです。

ピラミッド建設労働者の指名

ピラミッドにかかわらず、河川の灌漑や道路工事などの公共事業を行う際には、以下の流れで人員の差出が行われていました。

公共事業へ労働者として指名されることは「収入と保障」を得られる機会であり、特にピラミッドなどの神聖な建物の建設への参加は、当時の社会感情的には「宗教的義務への参加させていただく名誉」であると共に「ピラミッド建設に従事したことは誇り」(労働者の墓や碑文に記録あり)でした。

ピラミッド建設要員の確保

世界最大のクフのピラミッドを建設するのに必要な人員数は、色々な説の中央値として「最大で2万人」説が有力です。
その人員の詳細をAncient Egypt Research Associates: AERA による最新の推定人員から集計しました。

区分概数職業人数割合内容
直接作業員(石切・積み上げ)約 10,000人6.3%多くは農民、農閑期に動員。重労働担当
工房技術者・職人約 2,000〜3,000人10%石工、大工、銅工具職人、縄・木材加工、製材など。熟練層
輸送員・補助労働者約 3,000〜4,000人10%牛車や舟運で石を運搬する人夫。港やランプ建設も担当
調理・給食要員約 1,500人労働者村から出土するパン・ビール工房、牛・羊の解体場の記録から算出
事務官・監督官約 200〜500人0.5%粘土板や石片(オストラカ)に出納記録、日報を記す
軍警備・秩序維持数百人2.5%現場の警備、物資輸送路の管理
神官(儀式担当)数十人規模0.1%王の建設事業に伴う宗教儀礼を実施

(調理・給食要員は、農民の女性だったという説がありますが詳細不明です。この要員の派遣元が農民なら人口に占める割合は 0.01% 以下です。)

ピラミッド建設要員は、他の公共事業と同じように交代制だったので、この程度の人員なら他の公共事業を行いながらでも、十分な人数をまかなえたと考えられます。

ピラミッド建設組織

それでは、各村から派遣されたピラミッド建設要員は「労働村」で、どのような組織に所属していたのでしょうか?
色々な発掘調査や文献の分析で、かなり細かなことまで分かって来ています。
ただし、当時の組織の名称まではまだ分かっていないので、文献内の組織名を使います。(「Seeing Beneath the Surface」AERAGRAM)

まず1番小さな組織が班(Division)で10名です。
4班(40名)で「Za」になります。
4 Za(160名)が集まって「Gang」、2 Gang(320名)で1「クルー」が構成されます。
参考にした文書では、このクルー単位で作業組織が構成されたと書かれています。

クフのピラミッドに残る記録では、建築作業員は北と南の2組に分かれて作業の出来を競い合ったらしいです。
最大人員の1万名を2組に分けると 5,000名、1クルーが 320名単位なら各組は15クルーぐらいで構成されていた計算になります。(常に最大人員ではなく、2,000人~4,000人程度で柔軟に人数を調整していたようです。)

ピラミッド建設者の組織には色々な名前が付いていたようで、各 Gang(160名単位)には「クフ王の友人たち」、「クフの白い冠の従者」、「クフの両地の清め手」、「メンカウラー王の友人たち」、「メンカウラーの飲んだくれ」などの名前が、ピラミッドの石に彫刻として残っています。(現在なら、グループ名が入ったTシャツを着て仲間意識を高める的な)

そして、その下の「Za」には、船を操舵するときに用いた「大・緑・小・最後」が付けられているので、これらの大人数をまとめるときの組織化は、船の乗組員を参考にしたという説があります。

しかし、ピラミッド建設は神聖な建築に参加するという名誉が原動力だと思っていたら、同じ人数の2組に分かれて作業の速さや質を競っていたというのは面白いですね。

当時の娯楽

それでは、古代エジプトの生活を知るために、当時の娯楽を ChatGPT に調べてもらいました。
娯楽の中心は「宴会・音楽・踊り・ボードゲーム」でした。
また、最大の娯楽である神殿祭礼が大規模に行われていました。

Google Gemini のイメージする古代エジプトのお祭り

当時の娯楽の一覧です。

種類内容
神殿祭礼大きな祭りは農閑期に年数回(数万人規模)、地方の祭りは毎月(数百人規模)
宴会男性中心で、村落の中で仲間と集まる場があった。
音楽宴席、祭礼、葬儀には、竪琴、リュート、笛、シストラム(ガラガラ鳴る楽器)、打楽器を使った音楽
踊り特に女性舞踏家や曲芸師が王宮・神殿・宴席で披露
スポーツ狩猟(上流貴族用)や格闘技(格闘技・レスリングは農村や祭礼の場で行われた。)
舟遊びナイル川で「ピクニック兼遊覧」として楽しまれた。
ボードゲームセネト(Senet)、メヘン(Mehen)といったゲームと投げ輪、棒倒し、球遊び
その他ミニチュア人形でのごっこ遊び(ままごと)

・ローマ帝国のような公共施設的な娯楽(浴場・劇場)はなく、代わりに神殿祭礼が大イベント
・旅行は庶民にはほぼ無縁で、移動は労働や徴用によるものが多い。

クフのピラミッドを建築した時代の庶民の細かな記録は残っていませんが、日本の田舎と同じ感じだとすると、盛大な祭りで男女の出会いがあった事でしょう。

男女の格差と結婚観

この項目も、古代エジプトの庶民の記録はほとんど残っていないのですが、少ない記録と第4王朝以降(紀元前2498年以後)の記録を含めて ChatGPT にまとめてもらいました。

男女の格差

その後の中世ヨーロッパなどと比較すると、当時のエジプトでは男女の格差は少なかったようです。
古代エジプトは他の古代社会に比べると女性の権利が強調されます。女性は財産の相続・売買、離婚の権利を持っており、契約書にも自署が可能でした。

しかし、実際の行政や神官・軍事などの上位職はほぼ男性が占めており、女性は家事・織物・香油製作・儀礼音楽などを担う場合が多かったようです。
結婚後の女性は「家の主婦」として敬意を持たれたが、基本的に外で働くことは少なかったようです。(例外として、ピラミッド建設のための「労働者村」で調理・給食要員として徴用されたという説があります。)

結婚制度

結婚制度は一夫一婦制が基本で、現在と同様に一般庶民は男女一対で結婚するのが一般的でした。
ただし、上位層では多妻的要素もあり、王や高官は複数の妻・側室を持つことができました。

また、王族では血統維持のため兄妹婚・姉弟婚の例もあったようです。
さらに、身分差婚として自由人と奴隷の結婚はあったが、社会的地位の差が明確に記録に残るため、役人層では同階層間での婚姻が基本でした。

恋愛・結婚観

政略結婚は王族・貴族に多いですが、恋愛は基本的に自由恋愛で、農民や一般市民は相手を選んで結婚することが可能でした。
以下は、一般民衆の恋愛・結婚観です。

結婚観:
・結婚は宗教的儀式よりも生活共同体としての契約に近いもので、家族の合意が重視されました。
・形式的な婚姻式はなく、一緒に住み始める = 結婚という認識
・男性は家を建て、女性は衣類や生活用品を持参して家庭を営む例が多い。
・離婚も可能で、女性が財産を持ち出す権利もあったとパピルスに記録

Google Gemini が作成した愛の歌

魅力と評価基準
・農民社会では経済力(収穫量や家畜の多さ)が大きな評価ポイント
パピルス文書には「良い夫は家にパンを満たし、妻に油を欠かさない」と書かれ、生活を支えられる男性は尊敬されました。

祭りや労働に関して:
・宗教祭では踊りや音楽があり、男女が交流する機会だったとされます。
・ピラミッド建設や堤防工事など国家事業に参加することは義務でしたが、大規模労働の場で「力強い男=頼りがいがある」と見られた。

美意識:
・男性は「体格がよく、働き者」であることが魅力。(パピルスなどの記録では、センス良く愛を語る事が重要でした。)
・女性は「明るい肌、香油、リネンの服、良い香り」が魅力とされた。

現代的に言い換えると
・「収穫が多いほど女性にもてた」= 豊かに暮らせる力が魅力だった。
・「祭りや建設で頑張る男性がカッコいい」= 肉体的に強く、共同体のために働けることは尊敬の対象だった。
・ただし一番モテる男は、単に経済力や体力ではなく、恋愛感情の表現が上手なヤツでした。

ピラミッド建設に携わるという事は名誉なことであり、ピラミッド労働者は特別な埋葬をされるなど優遇を受けていました。
そして、そこで働ける体力がある男は女性にモテただろうと言えます。

また、毎月のように村で行われた祭りや、年に数回の大きな祭事の際には、ピラミッド建設を盛り上げるために「一番頑張ったグループの表彰」的なイベントもあったかもしれません。
建築者を南北に分けて競わせていたぐらいですから、「今回は南クルーの勝利!豪華牛肉料理のプレゼント」などといった紹介ぐらいはあってもいいですよね。

根拠となる資料などはありませんが、「俺もピラミッドで頑張って、彼女を作りたい!」と考える男性が沢山いたかもしれません。(あくまで想像です。)

当時の食事

以下では、当時の生活を振り返るために食事と材料となる農作物などをまとめます。

当時の一般的な食事(労働者・庶民層)
なお、ここで言う「ビール」とは大麦のパンから作る麦芽飲料で、非常にアルコール度数が低い老若男女が飲む栄養補助食品(麦芽飲料のミロ的な?)です。日本なら味噌汁のようなものですね。(味は甘酒が近いですが)

主食パン「エンマー小麦」「大麦」から作られた平たいパン
ビール濃厚な栄養飲料のような存在
副食・野菜類:玉ねぎ、ニンニク、レタス、豆類、キュウリ
・果物:ナツメヤシ、イチジク、ブドウ、メロン
・魚:ナイル川の淡水魚(ティラピアなど)、干物や燻製もあった。
・肉類:羊、ヤギ、家禽。牛肉はご馳走扱い。
調味料塩、蜂蜜、魚醤のような発酵調味料

食事回数:基本は1日2回

種類内容
朝食パンとビール、野菜の簡単な食事
夕食パン・ビールに加えて、肉・魚・野菜を含む少し豪華なもの
追加の食事ピラミッド建設現場の労働者には、作業中に(昼食用の)パン・ビール・乾燥魚・肉などが支給

農業

主要農産物

古代エジプトの主要農産物は穀物類でした。
年に1度のナイル川の氾濫で、栄養豊富な土が肥料の代わりに毎年自動的にまかれて、土地の開墾まで行ってくれるため、農民は「ほとんど何もしないで種をまくだけで収穫できた。」と言われるほどで(高効率!)、収穫量も多かったため古代エジプトの主要な輸出品になっていました。
また、推定される当時の平均気温は年平均で約22℃前後と暮らしやすく、農作物にも最適な環境でした。

種類内容
穀物大麦、小麦(エンマー小麦 → パンやビールの原料)
豆類レンズ豆、ヒヨコマメ
野菜タマネギ、ニンニク、レタス、キュウリ、カブ
果物ナツメヤシ、ブドウ、イチジク、ザクロ
油料植物亜麻(繊維+油)、ヒマワリ系ではなく「亜麻仁油」
飼料作物クローバーや干し草を栽培して、牛・羊・ロバの飼料

穀物以外に、家畜(牛・羊・ロバ、ガチョウ・アヒル)を飼育して食肉・乳・羊毛・羽毛を出荷していました。

年間の農業スケジュール

古代エジプト暦は「氾濫・成長・収穫」の 3期(各4か月)に分かれていました。

季節内容
アケト(氾濫期)7〜10月ナイル氾濫で田畑が冠水。農民は耕作できず、公共事業(ピラミッド建設など)に従事
ペレト(成長期)11〜2月水が引き、播種・耕作を開始。灌漑用水路の整備。
シェムウ(収穫期)3〜6月穀物収穫・乾燥・貯蔵。税として国家に穀物を納める。

農民の労働・男女比は、農業は基本的に家族単位で従事
・男性:田畑の耕作、播種、収穫、牛耕など重労働
・女性:脱穀・粉挽き・パン作り・ビール醸造、家庭菜園
農作業の主力は男性だが、女性も補助的に農地や灌漑に関わった。

収穫量と変動は、ナイル川の氾濫の大小で毎年の収量が大きく変動した。
・氾濫が豊か:大豊作
・氾濫が小さい/大洪水:飢饉

収穫量の参考値(中王国・新王国資料からの推定)
・1ヘクタールあたり小麦:約800〜1200kg
(クフの時代(第4王朝)は「氾濫が豊か」だったため、長期にわたり大量の労働力を動員できた。)

Google Gemini による収穫のイメージ

家畜と動物

農業・輸送用動物

種類用途
農耕の耕起、乳製品の供給。宗教的にも重要
ロバ貨物輸送の主役。ナイル河岸から内陸部の石材運搬に使われた。
羊・ヤギ乳・肉・毛を供給
ガチョウ・アヒル食肉・羽毛用

愛玩動物

種類用途
神聖化は後世だが、すでに家畜化されネズミ捕りやペットとして存在
狩猟犬、護衛、ペット。名前が墓に記されることも多い。
猿・ヒヒ・イビス(アフリカトキ)神聖動物として飼育
図は Google Gemini

注意:ラクダ(フタコブラクダ・ヒトコブラクダ)は新王国時代以降か、ペルシア以降に普及。クフ時代(紀元前26世紀)には利用されていません。(この時代の輸送は、ロバ+船(ナイル川)が中心)

貨幣単位と税収

古代エジプトの人々の生活が何となく分かってきたので、日々の生活の基準となる貨幣単位と税収の流れについても調べておきます。この項目の数字も ChatGPT が作成した推定値なので、大まかな値としてご覧ください。

なお、当時の税収(徴収)は「中央集権的な現物徴収」と「地方行政単位(ノモス)の管理」が併存する段階で、中央が全てを一手に握っていたわけでも、完全な地方分権でもありませんでした。さらに、神殿側も土地と農民を保有して独自の徴収を行っていたのがややこしいです。

貨幣単位

項目名で「貨幣単位」と書いておきながら、古代エジプトには通貨がありませんでした。
ローマやイスラムの支配下になった時代までは、基本的に重量単位「デベン(deben)」を使った物々交換でした。

この交換単位は、例えば「 1 deben = 大麦 〇 kg」といった交換比率があるはずなので、ChatGPT も色々と調べましたが、クフの時代の物々交換の比率を記録した資料は発見できませんでした。
そこで、時代を進めるとクフの時代から約1000年後のラムセス2世(紀元前1250年ごろ)の時代なら正確な記録が残っていたので、その交換比率からクフ時代の比率を推測しました。

種類重量単位(deben)体積単位(khar)交換単位
穀物(一般)10.538.4 L
エンマー小麦10.2519.2 L
大麦10.1158.86 L
パン10.513斤
魚(内臓なし)125匹
山羊10.5頭
10.2頭
ロバ11/50頭
牛/雄牛11/100頭
労働(熟練工)12.5日
労働(徴用)11日
木材1丸太1本
サンダル10.5足
衣類11/15着
木箱11/20個
ワイン10.5 mnt壺
ビール10.52.4 L(1:1)

注意
1 当時のパンは平たいパンで、「200 loaves = 7.5 hekat」の記録から、1 loaf(斤)約 0.18 L = 約 0.14 kg
2 牛は種類や大きさで交換単位が大きく異なり、1頭で 20 ~ 140 deben
3 王家の谷を建設するために徴用された労働者の月配給の記録: 小麦 300 L 小麦 + 大麦 110 L(ただし世帯配給の可能性あり。)

ビールは濃度によって交換比率が異なります。(上表は 1:1 の一般品)

原材料ビールの量穀物/ビールの比率ビールグレード
大麦60リットル60リットル1:1一般品
大麦120リットル60リットル2:1高級
大麦30リットル60リットル1:2低級
大麦30リットル
+デーツ30リットル
60リットル1:1庶民用

この交換比率から、例えば
・衣類は1着で 15 deben なので、豚3頭と交換できます。(高級品!)
・サンダル1足は 2 deben なので、ワイン1壺と交換できます。

また、倉庫に穀物を預けた時の「預かり証」が簡易的な貨幣の役割もしていたようです。ただし、穀物は時間と共に劣化するので「時がたつと価値が下がる貨幣」でした。

こうやって整理してみると、古代エジプトは現在より進んだ「キャッシュレス」時代ですね。
最後に、上の換算表の代表的なものを現在の日本の価格で計算してみました。
工業製品の衣類やサンダルは参考になりませんが、1 deben は現在の価値は5,000円から1万円ぐらいでしょうか?

種類重量単位(deben)交換単位現代の価格
穀物(一般)138.4 L2,500円
パン113斤3,250円(250円x13)
魚(内臓なし)125匹10,000円(400円x25)
10.2頭8,000円(40,000円x0.2)
牛/雄牛11/100頭2,0000円(200,000円/100)
労働(熟練工)12.5日34,000円(400,000/30×2.5)
木材1丸太1本20,000円
サンダル10.5足500円(1,000円/2)
衣類11/15着1,000円(15,000/15)
ワイン10.5 mnt壺15,000円
ビール12.4 L(1:1)12,000円

税収

古代エジプトでは「シェムス・ホル」と呼ばれる王による検地が行われていました。
クフの時代の前から、すでに同じシステムが行われていましたが、名称については完全な記録は失われているため不明です。
本来は「ホルス(ファラオ)の随行」という語義だが、実際には「王権による検地巡行」でした。(石板にはカッコ良く王自らが検地に出向く姿が描かれますが、実際には書記や測量士が行いました。)

ナイル川は毎年氾濫して畑の区画が失われるため、毎年(後年には2年に1回)実際に農地に出向いて測量を行って、畑の広さに応じて徴収量を決定していました。
また、家族構成も調査して、その年の公共授業(ピラミッド建設を含む。)への徴用人数を決定していました。
(豊臣秀吉の「太閤検地」は、ナイル川の氾濫のない日本の話なので1度行って終了でした。)

また、「牛の数え(Cattle Count)」と呼ばれる(牛以外も含めた)家畜の頭数確認も同様に行われていました。
・家畜は価値が高いため、役所は家畜の持ち主名簿・ブランドやマークの記録、受領・移送の記録を残しました。
・漁業は「漁獲量や漁場の権利」を基準に徴税し、網単位で課税する場合もあった。
・工芸品・職人の産物は製作単位(器数・布反数・容器数)や労働日数で評価され、神殿・王室へ現物納入
・交易(国際/国内流通)は港・関所で「通関的徴収(輸入品・通行料・貢納)」

古代エジプトはすでに高度な官僚社会で、穀倉監督(granary overseer)、家畜計数係(counter of cattle)、田地監督(overseer of fields) など、生産物ごとに専門の官僚がおり、彼らが記録を整理・保管して、地方からの徴収品を漏れなく中央(王室・寺院)へ届けました。

なお、クフ王朝の頃の税率の記録は残っていませんが、その後の王朝の記録から研究者の間では 25 ~ 30 % 程度とみられているようです。

簡易的な試算

各国の国家予算がネットで簡単に見られる時代ではないので、古代エジプト国家の収入の詳細は分かりませんが、大まかな税収を計算してみます。
ChatGPT が概略を見積もって計算してくれました。(間違っていたら教えてください。)

・人口:2,000,000 人
・農民の総人口:1,600,000 人
・農民1 人当たり年間穀物生産量(家畜なども穀物に換算):200 kg/年
・徴収する割合(税率):25%で試算

年間穀物総生産量 = 農民人口 1,600,000 人 X 200 kg = 320,000,000 kg = 320,000 トン

・25 % を徴収すると年間税収(徴収量) = 80,000 トン
これは、王朝・地方行政・神殿など土地を所有している立場の徴収合計です。

ピラミッド建築に必要な金額

当時は貨幣がなかったので、現物支給の穀物換算で計算します。(これも仮定から計算まで ChatGPT が行いました。)

・ピラミッド建築で徴収した人員:労働者 13,000 人に加えて、給食・運搬などの補助を1.5倍(= 約19,500 人)と仮定
・1 人当たりの配給(穀物換算):1 kg/日

年間支給穀物量 = 19,500人 × 1 kg/日 × 365 日 = 7,117,500 kg(7,118 トン/年)

年間税収(徴収量) = 80,000 トンに占める割合は、
7,118 / 80,000 = 8.9%

現代との比較

物々交換の時代の話では実感がわかないので、現代日本と比較してみます。
比較先は人口が当時の古代エジプトの200万人と同じぐらいの札幌市を選びました。
札幌市の2025年度の収入などは、1.266.600.000.000(1兆2666億)円です。(1人頭で割ると63万円です。)

巨大プロジェクトとして、大ピラミッドの建設と冬季オリンピック(計画で終わった)を比較します。
2030年に行われる予定だった札幌オリンピックの最終的な予算は、朝日新聞の記事によれば「札幌五輪の開催経費、170億円増え最大3170億円に 札幌市公表」という事で3,170億円です。

単純にオリンピックの開催費は札幌市が負担するわけではありませんが、市の予算に占めるオリンピック予算は、単純計算すると約 25% を占めるので、とても市民は生活できませんね。

札幌市の公式観光ガイドより

下のグラフが札幌市の令和7年の予算の使い道ですが、年間の公共事業に使われると思われる「建築事業費」の総額でも1,254億円ですから、オリンピック費用の1/3程度です。(この費用に全職員の給料(職員費)を足しても足りません。)

では、現代の技術で札幌市がピラミッドを作るとどうでしょうか?
大林組が、「クフ王型大ピラミッド建設計画」を公開しています。(日付は昭和53年と47年前ですが・・・)
それによると総工費は 1,250億円で、工期は5年です。つまり、年間予算は250億円でクフのピラミッドが札幌市に建ちます。市長さん、隣町の北広島市に日本ハムの球場を持っていかれた、札幌市の起死回生にいかがですか?

石材には、札幌市内で入手できる「札幌軟石(凝灰岩)」が使えます。
明治初期の札幌の建物建築に非常に多く使われた、柔らかくて加工が容易な石材です。(当時の人力での採掘の最大量は年間30万個)

上の計画では、現在の技術でピラミッドを作りましたが、古代エジプトの当時の技術で作るといくらかかるでしょうか?
簡単に計算してみます。(勤務する人数はクフのピラミッドの推計と同じにします。)

・最低賃金(R6全国加重平均額):1,550円
・2万人が1日8時間働く場合の年間人件費:123,224,000,000円(1,232億円)

古代エジプトでも3食の食事が出たので、その経費を追加します。
参考にしたのは自衛官の食事代です。自衛官は指定された場所に住む義務が法律で定まっているので、基地内の寮に住む場合には無料で食事が与えられます。(寮を出ると有料です。)その食事の経費が1日899円なので、
・2万人 X 899円 X 365日 = 6,562,700,000円(66億円)になりました。

両方を足すと 129,786,700,000円(1,298億円)です。
この金額はオリンピックの約1/3で収まりました。

あっ、忘れてました。
ピラミッドの建設には10年~20年かかると言われています。
1,300億円の10倍以上の金額が必要でした。

これまでのまとめ

前回は、
・ピラミッドを建設した年代の確定
・ピラミッド近傍には、輸送に必須な川が流れていた事
・必要な石材の採石場も近傍で発掘
・ピラミッド建設のための都市も近傍から発掘
と言った事実が分かりました。

今回は、
国民に占めるピラミッド建設要員の割合は、農閑期などを利用した交代制だったので、人口に占める割合が数%の徴用なら他の公共事業を行いながらでも、十分な人数をまかなえることが分かりました。

古代エジプト人の当時の生活や恋愛観・結婚観を分析すると、ピラミッド建設に従事することは苦役ではなく、もしかすると楽しい仕事だったのかもしれません。

クフのピラミッドを建築した当時の正確な物々交換のレートは分かりませんでしたが、国全体から徴収した穀物などに占めるピラミッド建設で支出した量を推定すると、決して大きな負担ではなかったようです。
よっぽど比較した札幌市のオリンピック予算の方が巨額でした。

次回は、5W1H の最後の「なぜ・どのように」の内容になります。
ピラミッド建設で必要な石の数や採石場などの細かな内容を調べます。

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