前回に引き続き、子供のころから気になっていた「エジプトのピラミッドは人間が作ったのか?」を、Google 先生と「AI 探偵(ChatGPT)」(挿絵は Google Gemini)の力を借りて調べてみます。

今回は、「5W1H」の「何を」と「なぜ」を調べてみました。
何を
何を(What)の項目では、ピラミッドの材料を確認します。
大ピラミッド(クフのピラミッド)は、一般的には230万個の石(総重量 550万t、コン・バトラーVが1万台分!)で出来ているとされています。

この膨大な石の量で出来た建物は人間には作れない、超古代文明や宇宙人が作ったと言われたりします。
では、本当に人間が作れないのか確認してみます。
大ピラミッドのサイズ
クフのピラミッドの大きさを Wikipedia で調べてみました。
| 項目 | 内容 | 備考 |
| 高さ | 146.6m | 現在の高さ138.8m |
| 底辺の長さ | 約230m | |
| 段数 | 210段 | 現在は203段 |
| 誤差 | 水平2.1cm、側面長さ4.4cm | 南北の方位0度3分6秒 |
| 石材 | 230万個 | |
| 1個の平均 | 1.27m X 1.27m、高さ:0.71m | 重さ約2.5t |
ピラミッドに使っている石の数
実は、嘘のような話ですが、エジプトのピラミッド(有名なクフのピラミッドを含む全て)の、積んである石の数を数えた人はいません。(少し前の情報です。河江 肖剰博士はピラミッドの測量データをデジタル化して 3D 化の作業を行っています。)
例えば、クフのピラミッドなら1段目は横に153個、2段目は141個みたいに単純なカウントをした人がいないとは驚きです。(私でも、現地に行けば数時間で出来そうな・・・)
今回、各段の並んでいる石の数を数えてみようと思ったのですが、それぞれの石が数えられるほどの高解像度な画像が見つかりませんでした。(これが分かれば、より正確な石の個数が分かるのですが・・・)
では、どうやって皆さんは数えて来た様に、ブログや Wiki に230万個と書いているのでしょうか?
この値は、建築時の横幅(230.4 m)と高さ(146.6 m)から計算で求めた数字を「疑うことなく」コピペしているのです。
ピラミッドの体積は四角錐の公式を使って、 1/3×底辺長2 × 高さ で計算できます。
(下図は、家庭教師のトライ 中1数学「三角すい・四角すいの体積の求め方がサクッとわかる」より引用)

底面積 = 230.4 m × 230.4 m = 53,083.36 m2
体積 = 1/3 × 53,083.36 m2 × 146.6 m = 2,595,000 m3
約260万 m3 です。
石1個あたりの体積は、発掘調査から平均的なブロックの寸法が出ているので、その数字を使います。
長さ:1.27 m、幅:1.27 m、高さ:0.71 m
体積:1.27 m × 1.27 m × 0.71 m ≈ 1.145 m3
(ただし、この数字は広く世界で使われていますが実際には根拠がありません。1883年に Flinders Petrie 氏が自身の著作「The Pyramids and Temples of Gizeh」で必要人員数などを計算するために作った創作上の値です。重さも実際の石灰岩を計測した密度と異なっています。)
石の数 = ピラミッド全体の体積 ÷ 1個あたりの体積 なので、
≈2,595,000 m3 / 1.145 m3 ≈ 2,267,000 個
この計算で約230万個ですね。(33,000個も多いですが・・・)
しかし、この計算では、四角錐の斜面部分も石の個数に含めているので正確ではないですね。
他の計算方法
もう少し正確に、ピラミッドに使っている石の数を計算してみます。
実は、ピラミッドの各段の石の数をカウントした研究者はいませんが、各段の高さを計測した結果は残っています。
「えっ、ピラミッドなんて一番下の石の高さが 1.5 m 位で、上に行くほど小さくなって一番上の石の高さが 50 cm 位だって聞いたよ。」という方も多いと思いますが、実際のピラミッドの石の高さは各段ごとに違って、上の段でも大きい石が積まれています。
ピラミッドの各段の石の高さの計測結果の有名な記録は、先ほども出てきた Flinders Petrie 氏が1883年に刊行した「The Pyramids and Temples of Gizeh」に記載されています。(150年ぐらい前の計測結果が、今も使われています。)

また、各段の高さだけではなく「ステップ幅」と呼ばれる格段のズレの計測値も残っているので、これらを使って1段ごとの面積を求めます。
各段の面積が分かれば、平均サイズの石の底面積で割れば使用している石の数が分かります。
そして、石の高さと「ステップ幅」を使えば次の段の幅が計算できるので、最上段まで(210段分)表計算ソフトで繰り返して計算してみます。

全部の情報を載せると膨大な量になるので、下から5段目までを抜き出しました。
| 段数 | 石の高さ | ステップ幅 | 各段の幅 | 各段の面積 | 石の個数 |
| 1 | 1.488 | 1.1691 | 228.0119 | 51989.42654 | 32,234 |
| 2 | 1.247 | 0.9797 | 226.0524 | 51099.68755 | 31,682 |
| 3 | 1.224 | 0.9617 | 224.1291 | 50233.85347 | 31,145 |
| 4 | 1.118 | 0.8784 | 222.3723 | 49449.43981 | 30,659 |
| 5 | 1.021 | 0.8022 | 220.768 | 48738.50982 | 30,218 |
こうして計算した各段ごとの石の個数を合計すると、ピラミッドを構成する石の数が計算できました。
2,020,347 個になりました。
四角錐で単純に計算した230万個と比べると28万個減少しました。
部屋や通路の空間
クフのピラミッドの透視図です。大きな空間としては、
7:女王の間
9:大回廊(最近の研究で、上部にも同じぐらいの空間が発見された。)
10:王の間
と通路があります。

これらの体積の合計を ChatGPT に計算してもらったら、
Grand Gallery (840) + Big Void (740) + NFC (38) + King’s (320) + Queen’s (182) + Subterranean (500) + その他通路 (800) ≈ 3,420 m³
と計算されました。
これは、1個の石の平均体積 1.145 m3 の約 3,000個分です。
先ほどの計算結果、2,020,347 個から2,987個を引くと 2,017,36 個です。
現時点での推定値
現時点でのピラミッド建設のシミュレーションです。
単純計算ですが、230万個を20年と365日で割ると、1日当たりの石を積む数は約315個になります。
上の計算で求められた石の数200万個の場合を、同じ条件(個数と人員)で計算すると工期が3年短くなりました。
| 石の個数(万) | 工期(年) | 日あたり据付(個/日) | 想定直接作業者 | 想定総人員 |
| 230 | 20 | 314.9 | 6,297人 | 12,594人 |
| 200 | 17 | 〃 | 〃 | 〃 |
地形の利用
ピラミッドが立っている大地の等高線が出ていた資料(Geological and Geomorphological study of the original hill at the base of Fourth Dynasty Egyptian monuments.)では、ピラミッドを建築する際に元々の大地の地形を利用していたと結論付けています。
確かに色々とピラミッドの断面図を探していると、底辺が平らではなく一部盛り上がって描かれています。(上のピラミッドの断面図を見てください。)
これは、何の線なんだろうと思って調べてみたら、現代の建築と違って古代エジプトではピラミッド建設時に全ての大地を平らに整地することなく、結構な部分を地形で補っていたようです。
まあ、工事用の大型車両がない時代に、丘を平らに削ってから石を積むよりも、可能な限り元の地形を利用したいと思う気持ちは理解できます。
丘をピラミッドのコアにした例としては、ジェドエフラーのピラミッドの 44 % が地形利用というのが最大値のようです。(The Meidum Pyramid 2016)
また、Degital Gizaの「Go Inside the Great Pyramid of Giza」では、自宅にいながらクフのピラミッド内部を見に行けます。この仮想的なツアーでピラミッドの中に入ってみると、どう見ても通路の両側が固い石を削ったのではなく、「砂の塊や地面を掘ったのかな?」と見えるところが沢山あります。(残念ながら仮想ツアーでは、高度表示がありません。)
そこで、ChatGPT に3大ピラミッドの地形利用について調べてもらいました。結果は、
・クフのピラミッド:約 23 % が地形利用
・カフラーのピラミッド:約 11.5 % が地形利用
・メンカウラーのピラミッド:10 % 以上の地形利用が予想されるが詳細資料なし。
この ChatGPT の調査結果が正しいとすると、総使用石材数の 23 % が地形利用なので、200万個から46万個を引いた154万個になります。
石の個数が大幅に減ったので、工期が13.4年まで縮まりました。
| 石の個数 | 工期(年) | 日あたり据付(個/日) | 想定直接作業者 | 想定総人員 |
| 2,300,000 | 20 | 314.9 | 6,297人 | 12,594人 |
| 2,000,000 | 17 | 〃 | 〃 | 〃 |
| 1540,000 | 13.4 | 〃 | 〃 | 〃 |
工期を短縮しないのであれば、必要な人員数を大きく減らすことが出来ます。
さらなる可能性
私がピラミッド研究で尊敬している河江 肖剰博士は「第4王朝時代のピラミッド建造は、「充填材」による建造方法(外壁と内壁を良質な石材で作り、その間に瓦礫や質の悪い古い建材をコアにして埋める方法)が用いられた」と発言しています。
ピラミッドの石の積み方は、今まで考えられていたようにピッタリではなかったようなのです。
確かに、河江博士がネットに公開されている色々な情報からも、クフのピラミッドには石がまばらな空白部分が見られます。
この調査・研究結果の最終的な資料が見つからなかったため(現在も調査中なのかな?)細かな値は不明ですが、例えば、
・充填剤の量が 1 %:コア石材の節約量1万5千個
・充填剤の量が 2 %:コア石材の節約量3万個
・充填剤の量が 5 %:コア石材の節約量7万7千個
・充填剤の量が 10 %:コア石材の節約量15万4千個
(総個数が154万個の場合で計算)
もし、数%の充填率なら、クフのピラミッドに必要な石材の総数は150万個位になりそうです。
石の数が150万個まで減らせて、工期を20年から短縮しなければ作業人員を2/3程度まで減らすことが出来ます。
| 石の個数 | 工期(年) | 日あたり据付(個/日) | 想定直接作業者 | 想定総人員 |
| 2,300,000 | 20 | 314.9 | 6,297人 | 12,594人 |
| 1,500,000 | 20 | 205 | 4,100人 | 8,200人 |
ChatGPT が計算したこの値は、
・石の大きさにかかわらず1個の石を20名で運搬する。
・1日の石の据付数は、単純に総数を年数(20年)と日数(365日)で割ったもの。
・「直接作業員」は、大ピラミッドの隣で発見された「労働者村」に常駐する「徴発労働者数」
・「想定総人員」は、1年間に2回作業員を総入れ替えした場合に必要な総人員数
です。
つまり、1組(20名)が1日に運ぶ石の量は、(4,100人 ÷ 20人)で 205 組存在しているので・・・あれ?1日1個でいいの?
(計算が間違っていたら教えてください。)
確かに 2t の巨石の運搬はつらそうですが(1人当たり 100 kg)、1日3食の食事が出て、労働時間が4時間程度で、20名の楽しい仲間と丘の上まで石を1個運べば1日の仕事が終わりなら、「ホワイト案件」ですね。
さらに、下図のように牛に曳かせて運んだとすると、「傾斜路」を登るとき以外17名は途中で交代しながら休憩出来ます。

この「想定直接作業者数」は、全体の平均値です。
ピラミッド建設当初の低層段は必要な石の数が多いので、前回「誰が」の項目で計算した1万人の労働者が必要だったかもしれませんが、徐々に必要人数は減っていくことが予想されます。
ただし、この計算では1年じゅう作業を行うことにしていますが、実際には農業の繁忙期(収穫時期)には農民を徴用できません。
最大人員で作業が出来たのは、多くても年間の2/3程度ではないでしょうか。
材料は足りたのか?
今回の企画は、クフのピラミッドと同じものを建設することが最終的な目標ですが、ギザには3つのピラミッドが残っています。(実際には衛星ピラミッドと、関連施設として神殿などが建っていました。)
これらの必要な石の数と採石場から取れる石の数を確認します。
なお、問題を単純化するために調べるのは、石灰岩でできている「コア材」の総量にします。(他の石材はナイル川を船を使って運ばれました。)
| 高さ(m) | 底辺(m) | 体積(m3) | 再計算体積 | コア材数 | 再計算個数 | |
| クフのピラミッド | 146.6 | 230 | 2,583,283 | 1,989,128 | 230万個 | 170万個 |
| カフラーのピラミッド | 143.87 | 215.29 | 2,211,096 | 1,956,820 | 197万個 | 175万個 |
| メンカウラーのピラミッド | 65.5 | 105 | 235,183 | 211,665 | 20万個 | 18万個 |
ここで、「コア材数」は、ピラミッドの体積を平均石材の体積で割ったもので、「再計算値」は地形利用分を引いたものです。
再計算後の合計は、1桁目を切り上げて370万個です。(クフの総数が上の計算値より増えていますが、余裕を持たせるための端数の切り上げです。)体積は端数を切り上げて 4,160,000 m3 になりました。
そして、ピラミッド本体とは別に多数の石材を利用する設備があります。
傾斜路です。
大型クレーンなどの建設機材がない時代なので、全ての石材は坂道を引っ張って持ち上げました。
この傾斜路は Wikipedia に記載している情報では(1つの説の概算値として)、ピラミッド1個の 2/3 程度の資材が必要だそうです。
他にも資材を節約するジグザグや螺旋傾斜路説がありますが、一番、多量に資材を使用する直線傾斜路の資材分として 200万m3 を追加します。
全ての使用石材量は、6,160,000 m3 という途方もない量になりました。
(下図は、ミライ工事メディアの「ピラミッドの作り方」より引用)

ピラミッド近傍の採石場
3大ピラミッドの近辺には、ピラミッドのコア材をとった形跡が残っている5つの採石場があります。
「馬蹄形採石場」の採石量は数字が出ていましたが、他の採石場の量は出てこなかったので、ChatGPT に面積から概算の体積を求めてもらいました。

5か所の内、「スフィンクス採石場」は、大スフィンクスと周辺の壁や神殿を作るのに作られたと考えられているので、参考としてご覧ください。(合計には入れていません。)
| 名称 | 位置 | 採石量(m3) |
| 馬蹄形採石場(Central Quarry) | クフの南 | 2,760,000 |
| カフラー 南西採石場 | 1,000,000 | |
| メンカウラー 南採石場 | 250,000 | |
| 中央墓地西側の採石場 | 400,000 | |
| スフィンクス採石場 | スフィンクス側 | 400,000 |
合計採石量は、4,410,000 m3(スフィンクス採石場を除く。)です。
この値は、必要な石材の体積 6,160,000 m3 に175万m3 も不足します。
ピラミッドの大地
このカテゴリーの初回に、ピラミッドの建築場所に等高線を足した際に、ピラミッドの周辺の地形が明らかに人の手が入ったように鋭角に切り取られているのに気づきました。(下図の1と2の位置が大きく削られています。)
他にも加工されたように見える地形の不自然な変化はありますが、とりあえず CHatGPT に1と2の部分を切削工事した際に得られる土砂の量を調べてもらいました。
当然、ここで得られた土砂も、ピラミッドの建材や石を運び上げる傾斜路の材料に使えますね。(以下の計算は ChatGPT が行った概算です。)
1部分の面積:52,900 m2 と体積:1,190,250m3
2部分の面積:46,225 m2 と体積:462,250m3
合計体積:1,652,500m3

ピラミッドを建設した台地の整地分で出た土砂を加えても 6,062,500 m3 で、まだ 10万m3 ほど不足します。
この計算には、メンカウラーのピラミッドの整地で出た土砂は含んでいませんから、1~20万m3 ぐらいの土砂が得られれば計算上は不足なしです!
ちなみに、ここでは採石場でコア材に加工するときに得られる「石材取得可能率」は考慮していません。
古代エジプトには鉄製の鋭利なノコギリ等はなかったので、採石場から石を切り出す際には 30 ~ 40 % のロスが出たと試算されています。
しかし、採石の際の失敗作や崩れた欠片は傾斜路の資材に使えます。また、少し上の方で紹介した採石場の図で緑色で囲っている部分は、未採掘の採石場の候補地の1つですが、こういった場所がいくつかあるので、3大ピラミッドの材料(コア材)は近傍で確保できました。(足りなければ、そこら辺の地面の全部が石灰岩ですから掘ればOKです。)
ここれまでの概略計算は、現在残っている3大ピラミッドのサイズを基に計算しました。
メンカウラーのピラミッドは他の2つと同程度のサイズで作る予定が、計画が変更されて縮小されたという説があります。(下図の点線のように同じ程度のサイズだと、3つのピラミッドが直線に並ぶ)
メンカウラー王が、人民の負担を考える良い王だったからピラミッドを小さくしたという伝説が残っていますが、もしかするとコア材用の石灰岩の採石場が確保できなかったからなのかな?

ピラミッドの材料
大まかな試算ですが、3大ピラミッドを作るために使った材料のうち、一番大量に必要な「コア材」用の石灰岩は、ピラミッドの近傍で確保出来そうなことが分かりました。
その他の材料は第1回目で紹介したように、ナイル川を使って4か所から確保したことが分かっています。
これで、ピラミッドを作る材料の準備が出来ました。
なぜ
「なぜ、古代エジプト人はピラミッドを作ったのか?」については諸説あるため、ChatGPT に聞いても結論は出せませんでした。
そこで「AI 探偵」(ChatGPT)が集めた資料・ネットの情報と図書館のエジプト関係の書籍だけで、私なりの考えを記載します。
色々と調べた限りでは「ピラミッドは王の墓で間違いない。かな・・・」という感じです。
第1段階
古代エジプトで発見されている埋葬の歴史は、紀元前12,000年から9,000年頃の半遊牧民の「ナイル渓谷最古の墓地(ゲベル・サハバ)」までたどることが出来ます。
そして大規模な墓所跡は、エジプト中央のナカダ(Naqada)地方で始まった、古代エジプト王朝以前(紀元前4400年)のナカダ文化以前までさかのぼります。
この地方では数千基の墓が見つかっています。
ナカダ文化は1期から3期に分かれますが、1期の頃の(身分の高い人の)墓は遺体と簡単な身の回りの品のみを埋葬していました。(すでに、この当時から化粧品を埋葬していたそうです。)
そして、第2期から第3期にかけて、埋葬された墓以外の墓標や上部構造物が作られ、マスタバ複合施設に発展していきます。
最初の頃のマスタバは身分の高い人用でしたが、まだ王墓ではありません。材料も日干しレンガなどを使っていました。
当時の最高傑作と言われる「Hesy-Re のマスタバ」の主は、第3王朝のジョセル王(ネチェリケト)治世下で官職を務めた高官ヘシ・ラで、そのサイズは横幅が 43 m という巨大な物でした。

第2段階
紀元前2668年に即位したジェセル王の墓も、当時の慣例に従ってマスタバとして建設がスタートしましたが、5回にわたる設計変更を経て「6段式の階段状のピラミッド型」の墓になりました。
「階段ピラミッド」と呼ばれていますが、サイズはマスタバの長方形の特徴を残していて、高さ62メートル、東西125メートル、南北109メートルでした。
さらに、全体で東西277メートル、南北545メートルの外壁が取り囲んだ、神殿、王宮、倉庫などを含んだ複合施設として完成しました。

この「世界初のピラミッドと複合施設」を設計した神官のイムホテプは、建築家だけではなく内科医としても優秀だったので後年(紀元前525年)医療の神として神の1柱となりました。(この辺の考え方も日本と似てますね。)
第3段階
その後、ピラミッドの建築は色々な試行段階に移行します。
王の墓として歴史を塗り替えた「ジェセル王の墓」を超える王墓を作るべく、色々な建築物が作られました。
・メイドゥム(Meidum)ピラミッド:父フニの王墓としてスネフェル王が建設した。
階段ピラミッドから真正ピラミッド(底辺が正方形)に改修

・屈折ピラミッド:スネフェル王がダハシュールに作った。

・赤いピラミッド:スネフェル王がダハシュールに作った。

スネフェル王は、3つのピラミッドを作ったクフの父で、在位は紀元前2613年から紀元前2589年です。
「屈折ピラミッド」はスネフェル王の墓であると言われています。
しかし、「赤いピラミッド」は人骨片・包帯片などの遺物が発掘されていますが、スネフェル王の墓であるか議論が分かれています。
第4段階
第4王朝になってピラミッドは完成を見ました。
・クフ王のピラミッド:ミイラなどは盗掘されたが墓であるとされている。
・カフラー王のピラミッド:ミイラは失われたが副葬物・花崗岩の石棺があり墓とされている。
・メンカウラー王のピラミッド:人骨は発見されているが再利用の後、王名の入った葬棺があり王の墓である。
それぞれのピラミッドの周辺には葬祭殿、衛星ピラミッドを含む複合施設(大スフィンクス含む。)として作られました。
ここまでのピラミッドは、構造的にも状況証拠的にも墓であるとされていますが、激しい盗掘にあった為に実際に王のミイラが見つかったピラミッドはありません。
第5段階
新王国時代になると盗掘や政治・宗教的な状況の変化により、王墓は「王家の谷(テーベ/ルクソール)」に移動しました。
この時代以降は、ピラミッド型の王墓は衰退していきました。

「王家の谷」はナイル川西岸、ルクソール(古代のテーベ)にある岩山の谷の内部を掘り進んだ岩窟墓群です。
現在までに発掘された王墓は24個だそうです。(Wikipedia 情報)

「王家の谷」が王の墓で、ピラミッドは墓ではないという意見もよく聞きますが、全然時代が違います。
「王家の谷」は紀元前1500年頃から作られたものですが、ピラミッドは紀元前2700年頃から作られています。
その差は約1,200年ですから、現在と平安京が遷都したぐらいの違いがあります。
平安時代の埋葬と現代の埋葬が同じはずがありません。
古代エジプトの王墓は、マスタバに始まってピラミッドに続いていて、この流れは連続しているので、墓として作られたという意見が多いことは理解できます。
主要なピラミッドの比較
学説で言われているこの流れからすると、3大ピラミッドも王墓で間違いないと思われます。
一応、主要なピラミッドと王のミイラなどの埋葬状況をまとめてみます。
| ピラミッド(王) | 時代/王朝 | 墓(ミイラ等)の発見 | 現在の研究:墓であるか(概括) |
| 階段ピラミッド(ジョセル王) | 第3王朝(約紀元前27世紀) | ミイラは現存せず。だが王の石棺片や後代に埋葬された遺体(後期の埋葬)が確認されている。 | ほぼ確実に王の墓(初期の石造王墓)、王の埋葬施設として成立している。 |
| メイドゥム(スネフェル王) | 伝:第3–4王朝(スネフェルに関係) | 王のミイラは見つかっていない(副葬や空室) | 伝統的に王墓とされるが、崩壊や未完成のため一部機能不明。墓である可能性は高いが痕跡が失われている。 |
| 屈折ピラミッド(スネフェル王) | 第4王朝(スネフェル) | ミイラは見つかっていない(近隣に副葬墓や副葬品あり) | 建造者の王墓(埋葬目的)であったと考えられる。内部は盗掘・後代利用の痕跡あり。 |
| レッド・ピラミッド(スネフェル王) | 第4王朝(スネフェル) | 1950年代に人骨片・包帯片などの遺物が報告される。確実にスネフェルのミイラとは断定されない。 | スネフェルの最終的な“成功した”王墓とされる可能性が高いが、ミイラの同定は不確実 |
| クフ 王のピラミッド | 第4王朝(紀元前約2560年) | 王のミイラは見つかっていない(石棺のみ/盗掘の可能性高) | 伝統的にクフの墓とされるが、構造の一部解釈や用途については議論あり。ミイラ不在は盗掘によるとする見方が主流 |
| カフラー王のピラミッド | 第4王朝 | ミイラは見つかっていない(副葬物・花崗岩の石棺あり)。 | カフラーの墓(王墓)であるとほぼ一致した見解。ミイラは失われたか移された可能性 |
| メンカウラー王のピラミッド | 第4王朝 | 人骨・人型副葬(遺体)・木製人形棺などが後代の遺棄/再埋葬とともに検出。コフィン(副葬棺)に名前があるが、放棄・再利用の可能性あり。 | 元来は王の墓。内部の出土は盗掘・後代再利用の影響が大きく、元来のミイラは欠落しているが「王墓」としての機能は支持される。 |
| ウナス王(Unas) | 第5王朝 | 棺・破片、わずかな人体断片(頭骨や腕の一部)が見つかっている(盗掘で大部分消失) | 明確に王の墓。ピラミッド・テキストが刻まれている初出例で、王墓としての性格は強い。 |
| ティティ王(Teti) | 第6王朝 | ミイラは原形は見つかっていないが、墓室内にごく僅かな人体片や副葬品の断片がある(盗掘の痕跡) | 王墓と見なされる。内部文書・副葬所品の痕跡が王墓性を支持 |
| ペピ1世(Pepi I) | 第6王朝 | 石棺・カノポス類・粘布や一部の遺物、布片やミイラ断片の可能性が報告(断片的) | 王墓とみなされる(ピラミッド・テキストの典型例)。ただし完全な遺体は残らず盗掘被害が大きい。 |
| ペピ2世(Pepi II) | 第6王朝 | 副葬品の痕跡・器材の断片などがあるが、完全な王のミイラはない(長期の荒廃・採石利用あり) | 王墓と見なされる(但し遺体は見つかっていない)。 |
主要なピラミッドの「墓」の位置
全てのピラミッドが墓だとした場合、その位置に違いはあるのでしょうか?(下図の赤印が「墓」があるとされる位置です。)
初期の王墓だったマスタバは、地下に墓がありました。
階段ピラミッド、メイドゥムピラミッド、屈折ピラミッド、レッドピラミッド、カフラーのピラミッド、メンカウラーのピラミッド、ウナスのピラミッドは地下または地上に「墓」が配置されています。
ところが、今まで色々と調べていた大ピラミッドこと、クフのピラミッドだけが非常に高い位置にあります。
(ピラミッドの図は、「The Complete Pyramids」より引用)


クフのピラミッドも地下に「作りかけの墓所」がありますが、王の間と呼ばれている高い位置に石棺があるので、通説ではここが「墓」の位置です。
こうやって主要なピラミッドの断面図を並べてみると、クフのピラミッドの特異性が見えてきます。
では、なぜクフのピラミッドだけが高い位置に墓を設けているのでしょうか?
色々な人がこの説明を試みていますが、大きく分けて4つの説があります。
1 王は死後に天空へ上るために、出来るだけ高い位置に墓を置いたという宗教的理由
2 石材の圧縮強度・施工上の問題・荷重による破壊を避けるため、王の墓は高い位置に作ったという工学的説
3 墓を高い位置に置いてみたが、失敗したのでそれ以降は元に戻したという試作品説
4 墓泥棒から王の墓を守るために通常と違う場所に配置したという防犯説
ChatGPT にも「なぜクフのピラミッドは、王墓を高い位置に置いているのか?」と質問したところ、同じような回答を返しました。しかし、素人考えですが突っ込みどころが満載な気がします。
1への反論
:死後に天へ上ることが出来るのはクフ王だけなのでしょうか?
クフのピラミッドの横には王妃や高貴な方用?の「衛星ピラミッド」がありますが全て地下に墓があります。王妃や他ピラミッドに埋葬された王は地下から冥界へ行くのでしょうか?
2への反論
:クフのピラミッドでは、建設中に王の間の石にヒビが入って修復した跡が残っています。
これは高い位置に部屋(墓)を設けたことの施工上の失敗です。また、王の間の天井にある重量軽減のための設備は他にはない試みですが、地下に墓を設ければ付加施設はいりません。
そのため、これ以降では同じように高い位置に部屋を設けた設計例はありません。
屈折ピラミッドと同じく、完全な失敗例ですね。
3への反論
:それぞれのピラミッドでは設計段階で小型の模型が作られています。クフのピラミッドでも縮尺模型(と思われる物)が発掘されています。ここまで慎重に設計を進めて、完成まで10年以上かかる巨大なピラミッドが試作品とは考えられません。
4への反論
:確かに3か所にそれらしい部屋を設ければ墓泥棒を防げそうな気はしますが、防犯対策だけでは苦労して高所に墓を設ける理由として弱い気がします。
さらに、わざわざ手間をかけて斜面に、とんでもない量(長さ約 50 m の一枚板)のピカピカに磨き上げた石材を使用して「大回廊」を設けています。
これがあるためにクフのピラミッドは、防犯のために色々なところを頑丈に石で塞いでいますが、内部に入ると自動的に王の間に進んで行ける設計になっていて盗掘にあっています。
防犯のためなら、ここは水平にして迷路にするべきですよね?
他の考え方
クフのピラミッドの「墓」も他のピラミッドと同じだと考えると、いくつかの仮説が浮かんできます。
次の3つの仮説は、先に進むほどに信ぴょう性が薄れてきますが、気楽にご覧下さい。
地下に墓がある
実際のクフの「墓」は、まだ未発見のピラミッド地下にあるという考え方です。
一番有名なのは、ヘロドトスの「歴史」の「クフ王の墓」についての記載です。
第2章 第124項の記載では「ピラミッドが建っている丘の地下室のためにも十年が費やされた。彼はナイル川から水路を引いて、島に自分の墓室を作らせたという。」(Google 翻訳)と、クフのピラミッドの地下に10年かけて作られた(巨大な)地下の水が満たされた場所に墓があると書かれています。(この「島」とは何でしょうか?後ほど出てきます。)
カフラーのピラミッド近くに「オシリス・シャフト」と呼ばれる墓所が発掘されています。
すでに1930年代にセルィム・ハッサンがここの存在を記載していました。その昔から便利な水源として、また子供たちの水遊び場として知られていましたが、水位が高いため水面の下の調査は行われませんでした。
(赤星印が、オシリス・シャフトの入口です。図はThe Lost Histories of the Shetayet of Sokar より引用)

1999年にエジプトの有名な考古学者ザヒ・ハワス氏が発掘を行いました。
すると、とんでもないものが出てきました。地下3層にわたる「墓所」が出てきたのです!
内部は第1層は通路ですが、第2層に石棺や遺物が、第3層は「石棺を取り囲むように溝状の溝が掘られ、そこに水がたまって石棺が“水に囲まれた島”のようになっていた」そうです。
建築後、数千年たった現在でも水がなくならない構造はスゴイですね。
発掘調査は多量の水との戦いで困難を極めたようで、第3層の下にも続きがあるようですが、現在も再調査は行われていません。

ハワス氏は、この墓所は地下で見つかったために冥界の神(オシリス神)のための象徴的な施設だと理解しました。
そこで「オシリス・シャフト」と名付けたようです。
しかし、きれいに装飾された棺や装飾品が今も残る場所は、やはり墓なんじゃないの?
ハワス氏は、さらに「オシリス・シャフト」の発掘調査の際の感想として「このトンネルは、クフの通路下にあるトンネルと似ている」とも述べています。
そして、地下3階には2本の細い「通路」があり、1本はクフのピラミッド方向へ、1本は大スフィンクス方向へ伸びているようです。
「オシリス・シャフト」は、カフラーのピラミッドの複合施設内の「参道」にあり、第3層の深さとクフのピラミッドの「地下の間」とは同じ程度の深さ(地下約 30 m)にあります。
クフのピラミッドの「地下の間」には、どこに続いているか分からない通路(途中で閉じている)が南方向に向かっています。という事は・・・

スイス人の Gregor Spörri 氏のブログ「The Osiris Tomb in Giza」では、「オシリス・シャフト」に実際に潜り調査した写真が公開されています。
そこでは、クフのピラミッドと大スフィンクスとのつながりについても述べられていますが、画像の引用には許可が必要と記載があったので、気になる方は上のリンクをご覧ください。
「オシリス・シャフト」には4つの説明が出来ると、個人的には思いました。
1 ザヒ・ハワス氏の主張どおり、カフラーのピラミッドの参道から発掘された墓ではあるが、冥界の王のための象徴的な施設
2 カフラー王の王墓
3 「ミニ王家の谷」的なクフ王・カフラー王・メンカウラー王の王墓
4 クフのピラミッドとメンカウラーのピラミッド近辺には、未発掘だが「オシリス・シャフト」と同様の王墓がある。
実際は4だったら楽しいですね。
ヘロドトスが伝えるような10年かけて作った、広大な地下空間に湖があって、その中央には豪華な神殿が作られた島があり、その中には黄金に包まれたクフ王の棺が見つかったらスゴイです!(映画のクライマックスみたいですね。)
誰か、クフのピラミッド周辺で、水の入ったシャフトを見つけてくれないでしょうか?
地上に墓がある
実際のクフの「墓」は、ピラミッド内の地上の未発見場所にある場合です。
クフのピラミッドの底面積は約 52,000 m2 と東京ドーム1.1倍ほどの広さがあるので、どこかに本物の「墓」がある可能性はあります。
「墓」が高い位置にある理由
伝説によると、クフ王のミイラと財宝は、後年名付けられた「王の間」にあったと言われています。
イスラム教徒による宗教的な理由による破壊活動により、古代エジプト時代の色々な像や財宝、ミイラが破壊されましたが、同じようにクフのピラミッドも壊滅的な破壊を受けました。
しかし、イスラム教徒によって持ち出されたクフ王のミイラと財宝は、墓泥棒が偽物と入れ替えた後だったという話が残っています。
話が脱線してしまいました。
クフのピラミッドの「墓」が高い位置にある理由を考えてみました。考古学を学んだものでもない素人の考えですが、どうでしょうか?
3大ピラミッドの設置場所を地質調査した結果をまとめた論文(Geological and Geomorphological study of the original hill at the base of Fourth Dynasty Egyptian monuments.)には、クフのピラミッド建設には「最低でも 20 m 程」の高台をそのまま取り込んだ可能性が高いと書かれています。
もし、それが本当ならば下の絵の下の線のように、女王の間の高さまでは元の地形という事になります。
そして、可能性としては低いですが、もう少し盛って 40 m の小山があったとすると王の間も地上に建てたという説明が出来ます。

元々の丘の高さが 40 m 近くあったなら、建設途中のクフのピラミッドはこんな感じだったのかなぁ。という空想です。
例えば、丘陵が 30 m 弱ならありそうなので、数m 盛り土をして、ピラミッド建築中は神殿的なものを建てて、最終的に全体を覆ったのなら「墓」の位置は地面上と言えるので、他のピラミッドと同じくクフの「王の間」も墓の位置と相違はないと言えないでしょうか?

これまでのまとめ
クフのピラミッドは「1個 2.5 t もの巨大な石を230万個も使って組み立てているので、人間が作ったのではない。」という意見もよく聞かれますが、最新の研究では使った石の数はずいぶん減ってますし、使った石もピラミッドのすぐ横から掘り出された証拠が出てきたので、人間が作ったもので間違いないですね。
また、ピラミッドはほぼ間違いなく王の墓であることが分かりました。
これでピラミッドの建設に必要な「人」、「予算」、「場所」、「材料」と「建設の動機」が揃いました。
次回は、いよいよピラミッドを作るシミュレーションを行います。
実際にクフ王になったつもりでピラミッドが作れるか検証します。


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