今まで、キットや信号発生用 IC の乗った評価基板を使った信号発生器を作ってきましたが、今回は、用途がすごく限られたニッチな信号発生器を作ります。
アバランシェ・パルスジェネレータや高速パルスジェネレータなどと呼ばれているものです。
「アバランシェ」と聞いても、最初、何のことだか分からなかったのですが「電子なだれ効果」を使った立上り時間の早い極短時間のパルスを生成する信号発生器です。(「電子なだれ」なら聞いたことがあります。)
これを使えば、オシロスコープなどの性能評価を行う事が出来ます。
アバランシェ・ブレークダウン・エフェクトとは
アバランシェ・ブレークダウン・エフェクト(Avalanche Breakdown Effect):電子なだれ効果(Electron Avalanche Effect)とは、空気中などの絶縁体や半導体の中で発生する現象です。
簡単に言うと、特定の条件(強い磁場・高電圧など)で電子が分子などに衝突して次々と電子が放出される現象です。少ない衝突から大きな結果が得られることから「なだれ(Avalanche)」に例えられます。
かみなり(雷)の発生原因も、最終確認はされていませんが電波望遠鏡を使った最新の研究では、電子なだれによるものであると言われています。
放射線を観測する「ガイガーミュラー計数管」もこの現象を利用しています。
半導体では、逆電圧をかけることで急激に逆方向に電流が流れることを言いますが、電圧をかけすぎると半導体素子は壊れてしまいます。
さて、ここで気になることがあります。
「電子なだれ」の半導体での働きは、一定の逆電圧をかけると通電する「ツェナーダイオード」の働きとそっくりです。何が違うのでしょうか?
日本最大の半導体ポータルサイト「semi-journal」に詳しい資料がありました。
「半導体の降伏現象とは?ツェナーとアバランシェの違い」を見て頂ければ、違いが分かると思います。

要約すると、
・電子なだれ:強い逆方向電圧で、半導体の接合面を電子が超える現象
・ツェナー:不純物を混入することで発生するトンネル効果で、半導体の接合面の距離が縮まり、電子が通り抜ける現象
(でも、Wiki のツェナーダイオードの項目を見ると「アバランシェ降伏と呼ばれる現象」による。と書かれています。謎は深まるばかり・・・)
実際に中に入って見てきた人がいるわけではないので、本当のところはどうなのでしょうか?
(量子論的な世界で量子もつれが起きていて、電子がワープしていたりとか・・・)
アバランシェ・ブレークダウンを利用した高速パルス発生回路
今回製作する「高速パルス発生回路」は、いつもお世話になっているラジオペンチさんのブログに詳しく書かれている内容を参考にしています。
回路的には、USB から 5 VDC を供給して LMC555 とジャンク品の電源から回収したトランスで作った昇圧回路で約 200 V を生成し、定番トランジスタの 2SC1815 の電子なだれ効果で 1 ns 程度で立ち上がるパルス幅 14 ns の波形を出力できます。
また、63歳と言う若さで亡くなった伝説のエンジニア、リニアテクノロジー社の Jim Williams 氏が、このパルス発生回路について多数の回路図を公開されていることを、ラジオペンチさんのブログで知りました。
詳細はこちらをご覧ください。
高速パルス発生回路に必要な回路
ラジオペンチさんが公開されている高速パルス発生回路は、「高電圧発生回路」と「パルス発生回路」で構成されています。
まずは高電圧発生回路を試作してみます。(決して、パルス発生回路の 1 ns 以下を扱う回路の組み立てに怖気づいたわけではありません。多分…)
高電圧発生回路
今回作成する高電圧発生回路の目標は、
・電源は +5 V
・出力は、50 V ~ 200 V 程度
・(可能なら)在庫部品を使用して、新規に高価な部品は購入しない。
・DC/DC コンバータ用 IC には、MC34063 を使ってみたい。
部品の入手
それでは、まずは部品の調達です。
このような用途のために取っておいた、「いつか使うジャンク箱」から使えそうな部品を回収します。
電源アダプタ
出力電圧が変な電源アダプタが2つ
故障品ですが、部品や配線が使えると思い取ってありました。

適当な工具で「カラ割り」を行い、基板を取り出します。
出力部の電解コンデンサは、膨らんで液漏れしていました。
他の部品は使えそうで安心です。
この基板からは、小型のトランス、 400 V 耐圧の電解コンデンサや FET、トランジスタと各種ダイオードなどが回収できました。

半円形の電源アダプタです。
極端に部品数が少ない感じです。これでは安定した直流電源を供給するのは無理な感じですね。
こちらの基板も、小型のトランス、 高圧の電解コンデンサや各種ダイオードなどが回収できました。

車載用 DC アダプタ
部品取りの目的で購入していた、車載用 DC アダプタです。
DC 12 V から 5 V に変換するものです。
セリアやハードオフで購入しました。

内部の基板です。
どちらも思ったとおり、MC34063 が使われていました。
セリアで購入した方の基板です。
一応、基板に付いている USB コネクタや各種部品を取り外しておきます。

ハードオフで購入した方は、しっかりした作りでした。
MC34063 以外にも2色発光の LED やコイルなどが回収できました。

取り外した部品です。
片面基板なので、半田吸引機を使ったら簡単に取れました。

故障した電源の液漏れした電解コンデンサです。

回路の検討
いつか触ってみたいと思っていた、MC34063 を使った昇圧回路を試してみます。
この IC は、テキサス・インスツルメンツ社の有名な DC-DC コンバータです。
簡単な外付け回路で、降圧・昇圧・極性反転した電源を簡単に実現できます。(私にとっては難しいですが・・・)
現在は入手できるか分かりませんが、セリアなどで購入できる車載用の 12 V を 5 V に変換する電源装置には、この互換 IC が使われていることが多いようです。
新日本無線(JRC)の NJM2360 もありますが、どちらがオリジナルなのかな?
末尾に「A」の付く MC34063A タイプは、基準電圧が 1.25 V ± 2 % に調整された高精度版です。
ただし、高精度化した影響なのか、消費電流は 180 mW ほど上昇しています。
MC34063 を使用した高電圧発生回路は、ネットで検索するとニキシー管用の電源として作られる方が多いようです。
その中で、2つの回路を試してみます。
JA9TTT さん
JA9TTT さんの Radio Experimenter’s Blog「180Vを作るDC/DCコンバータ」で紹介されている回路です。
(回路図は無断転載禁止となっていますので、上のリンクをご覧ください。)
検証したのは、電流を増加する改良がされる前の回路です。
ブレッドボードで試作した検証結果は、
入力電圧(V) | 出力電圧(V) |
5 | 60 |
9 | 183 |
12 | 183 |
15 | 181 |
回路の説明に記載されているとおりに、入力電圧は 9 V ~ 16 V対応 で、出力電圧は約 180 V で一定でした。
非常に安定していて安心感があります。
tmct-web さん
tmct-web さんの「MC34063 昇圧回路の効率を改善する」で公開されている回路です。
(回路図などの詳細は、上のリンクからご覧ください。)
こちらの回路では、使用するコイルの種類や値で出力電圧がどのように変わるかの検証が大変役に立ちました。
ブレッドボードで検証した結果は、下表のとおりです。(可変抵抗は最大値側で計測)
入力電圧(V) | 出力電圧(V) | 消費電流(mA) |
5 | 23 | 4 |
9 | 114 | 15 |
12 | 167 | 21 |
15 | 209 | 24 |
こちらの回路は、入力電圧を変更すると最大で 210 V 程度まで出力できました。
また、可変抵抗で出力電圧が可変できるので、ラジオペンチさんの高電圧発生回路と同じように使えます。
どちらを使うか、悩むなぁ?
と思っていたら、ラジオペンチさんが新しく MC34063 と小型トランスを使用した高電圧発生回路を公開されました。
ラジオペンチさん
ラジオペンチさんが X で公開された回路図です。
(X で公開された試作回路なので、ブログ公開版と異なる可能性があります。最新情報はブログをご覧ください。)

この回路もブレッドボードで試作しました。
この回路はトランスで入力側と出力側が絶縁されているので使っていても安心ですね。
しかし、使ったトランスが違うためか、可変抵抗で最大にしても 140 V 程度までしか上がりません。
この電圧では、2SC1815 レベルのトランジスタの「電子なだれ」効果が発生しません。180 V 以上は欲しいところです。
また、可変抵抗を下げても電圧の変更範囲が少ないです。(120 V ~ 140 V 位)
とりあえず、入力電圧を 7 V 位にすると、出力電圧は 190 V までは上がりました。これで使ってみます。
パルス発生回路
この信号発生器の肝は当然ながら「パルス発生回路」です。
ラジオペンチさんの情報によれば、2N2369 などのトランジスタを使用すると数十 V 程度で「電子なだれ現象」が発生するらしいのですが、そのような型番のトランジスタの在庫はありません。
ラジオペンチさんは一番手頃な 2SC1815 で成功されているので、私もその線で試してみます。
1 ns 以下という非常に短い信号を扱うので、組み立てには細心の注意が必要なようです。
ラジオペンチさんも、リニアテクノロジー社の Jim Williams 氏も、BNC コネクタに部品が最短で接続するように空中配線で組み立てています。
私には、このような芸術的な組み立て技術がないことは分かっているので、表面実装部品で試してみます。

トランジスタは、秋月電子で購入した 2SC1815 互換の 2SC2712 を使ってみました。
そして、SMD 部品が扱いやすいように秋月電子の「角型ランド両面スルーホール」基板上で組み立てました。
(0603 サイズの SMD 部品を使ったので、私のお年頃の肉眼では良く見えません。)
パルス幅を 14 ns に延長するために使用する 1.4 m の同軸線は、ラジオペンチさんと同様に廃品のケーブルから回収していたものを使いました。(たまたま、ラジオペンチさんと同様の色のケーブルです。)
ケーブルリールは、3D プリンタでサイズに合うものを、Fusion でチャッチャッと設計しました。
(巻きが小さめだったので、波形に影響が出たら作り直します。)

ちなみに、他の方には参考にはならないと思いますが、後で見る自分のために部品配置を図にしておきます。
(写真で残そうと思ったのですが、小さすぎてきれいな写真が撮れません。)

動作確認
ラジオペンチさんのブログでは、電源に 180 V 程度を供給すると波形が出るはずです。
実験用電源装置(Pa-Lab1号機)で 、高電圧発生回路に 7 V を供給します。
高電圧発生回路からは、180 V 程度が出力されます。
パルス発生回路の出力を、50 Ω ケーブルでオシロスコープにつないでみてみます。
「あれ?なんか違うぞ?」
何だかマイナス側にも信号が振れています。

先頭部分を拡大して、立ち上がりを見てみます。
立上りは表示されている数字どおりなら 1.2 ns 程度のようです。
しかし、全然波形が違います。
ナゼだろう?

原因究明
考えられる不良の原因を1つづつ確認して、色々と試してみます。
とりあえず、動作の基本の電源 → 製作者からのアドバイス → 素子の交換
といった流れでしょうか。
電源の交換
試作した高電圧発生回路に不具合があるのかと考えて、トランスを使わない他の2種類の高電圧発生回路に交換します。
ダメですね。出力波形は同じです。
同軸線の変更
ラジオペンチさんのブログで質問(ボヤキ?)したところ回答がありました。
(ラジオペンチさん、いつもありがとうございます。)
「ちょっと気になったのは、遅延線に使っている同軸線の高周波特性です。」とアドバイスを頂いたので、この部分を 10 pF のコンデンサに変更します。
・・・変化なしです。
2SC2712 の交換
ラジオペンチさんや他のネットの情報でも、パルス発生部に 2SC2712 を使った例が見つからなかったので、動作確認が取れている 2SC1815 に変えてみます。
その前に、各部分の半田付けの状況を再確認し、使っているトランジスタが本当に 2SC2712 なのかを確認します。(刻印は「LY」です。)
すでに各抵抗の半田付けは、何度か導通試験をしていました。
しかし、出力端子との間を見ていないことに気づきました。
非常に便利に愛用している ChaNさん作の「回路内導通チェッカ」で見てみます。
(製作記は下のリンクをご覧ください。)
各端子を確認して見ると、SMA コネクタの芯線部分に導通がありません。
下図の赤バツ部分がつながっていないではないですか!
これじゃ、信号が出力される訳がありません。
手直しします。

再度の動作確認
ラジオペンチさん設計のトランス式高電圧発生回路に戻して、再度、電源を入れます。
約 180 V を出力するために、7 V で 200 mA 程流れています。
今度はどうでしょうか?
オシロスコープで見てみます。
やったー!
ラジオペンチさんの動作例の様な波形が出ました。
立上りは 2 ns、パルス幅は 14 ns 程度なので、ちゃんと動作しているようです。

まとめ
ラジオペンチさんのブログの記事に触発されて、試作した高速パルス発生回路は、無事に動作しました。
しかし、使っているトランスやダイオードが違う為か、高電圧発生回路の入力電圧が設計どおりの +5 V では 140 V 程度までしか上がりませんでした。
出力電圧の可変範囲も設計値よりかなり狭い感じです。
このままでは使いづらいので、高電圧発生回路の動作を改善したいです。
また、高電圧を扱う回路なので、早めにケースに入れたいですね。
そこまで出来たら、現在使っているオシロスコープとプローブの性能確認をしてみたいです。
コメント
パルス発生したようでおめでとうございます。いくつか気になった点があるので、アドバイスってほどではないですが、コメントさせてください。
トランス方式で出力電圧が思ったように上がらないのは、トランスの巻き数比不足のような気がします。5V出力のACアダプタだと変圧比は12くらいあるので、一次側のフライバック電圧が20Vあれば二次側で200V以上に昇圧されます。
お使いになったACアダプタの出力電圧がもし9Vとかの物だとトランスの変圧比が足らない可能性があります。こちらの記事でガラケー用の充電器を使っているのは、5V出力の物が欲しかったのと、パワーが小さいので小さなトランスが手に入る、という狙いです。
ちなみに、180V出力を得るために7V/200mAの入力が必要なのはかなり無理をした状態だと思います。もっと少ない入力でいけるはずだと思います。
あと、最後の写真の出力波形で、パルスが出る前にGNDレベルが少し上がり気味(傾いている)なのがちょっと気になります。うちのも同じ傾向はありますが、これほどはっきりしていないです。
それと、波形の振幅が10V程度ありますが、これって50Ω終端した状態なのでしょうか。うちの回路だと50Ω終端した状態で振幅は5V程度なのでちょっと気になってます。お使いのトランジスタのアバランシェ状態の等価抵抗は低いのかも知れませんが、
ラジオペンチさん、ご来店ありがとうございます。
波形を出すのを優先したので、現状では不具合が残っています。
特に、高圧発生回路は早めに何とかしたいです。
使ったのが、多分壊れた 9 V の電源アダプタなので、近日中に 5 V のジャンクからトランスを取り出して試してみます。
成功した方のオシロスコープの画像は間違っていました。
正しい画像に差し替えました。
振幅はラジオペンチさんと同じぐらいの 5 V ですね。