我が家には簡単な計測器材しかありませんが、部品箱に眠っているオシレータ(水晶発振器)の安定度を比較します。
また、オシレータの端子は製造会社ごとに微妙に違っていますが、保有している古いオシレータの中には、すでにデータシートが見当たらない物もあるので、忘備録を兼ねて端子一覧などのデータをまとめておきます。
保有オシレータの一覧
まだ、他にも部品箱から発掘されるかもしれませんが、今現在の保有している周波数の変動が少なそうなオシレータが勢ぞろいしました。
年代物の部品が多いため、データシートも見当たらないものが多く、どこに何Vをつなげば良いのかも全然分かりません。

水晶発振器の歴史
動作確認の前に、オシレータの歴史を振り返ります。
水晶発振器の歴史は、以前の記事で紹介しましたので、詳細は以下のリンクを覧ください。
要約すると、現在使用されているオシレータ(水晶発振器)の開発者は、佐賀出身の古賀 逸策 教授です。
簡単な紹介は、こちらでマンガ化されていました。
古賀教授は、アメリカをはじめとする各国の政府機関や大企業が実現できなかった、水晶を使用する室温で安定して動作する発振器を、時計に組み込めるサイズで完成させて、1937年のパリ万国博覧会に出品しました。(開発した「温度無依存水晶振動子」は、ATフィールドカットと呼ばれています。)
現代で例えるなら、常温で使える戸棚サイズの核融合発電機を実用化して、今年の大阪万博に出品したようなものです。(そんな偉人なのに、著作にはラジオの修理の本があるなんてスゴイです!)
古賀教授は、その功績から1963年に文化勲章を受章、1971年に日本学士院会員終身会員(日本版アカデミアの会員)、2017年にIEEEマイルストーンに認定されました。
個人的には、液晶ディスプレイや青色発光ダイオードの開発者のように、古賀教授のスゴイ業績が広まると良いなと思っています。
オシレータの種類
今回扱うオシレータは、XO、TCXO、OCXO です。
それぞれの略称と性能などは、
・XO:Crystal Oscillator、水晶発振器
古賀教授が開発した「温度無依存水晶振動子」を改良したものです。
(その後に開発された TCXO(温度補償型水晶発振器)と名前が似ていますが、古賀教授が開発する以前の水晶発振器は、外気温で大きく周波数が変化するため使いづらい部品でした。)
・TCXO:Temperature-Compensated Crystal Oscillator、温度補償型水晶発振器
水晶発振器に温度変化で周波数が変動しないように、補正回路を組み込んだものです。
・OCXO:Oven Controlled Crystal Oscillator、恒温槽付水晶発振器
内部にヒータを備えています。この中では一番周波数の変動が少ないオシレータですが、ヒータで温度を一定に保つために消費電力が大きい事と、温度が安定するまで時間がかかります。もちろん、サイズも大きいです。
通常の水晶発振器を SPXO:Simple Packaged Crystal Oscillator と呼ぶこともあります。
TCXO、OCXO は外部から電圧で周波数を微調整する機能が付いた VCXO:Voltage Controlled Crystal Oscillator が多いです。
また、私は見たことがないのですが、MCXO:Microcomputer Compensated Crystal Oscillator(マイクロコンピュータ補償水晶発振器)と言うのもあるようです。
コンピュータ制御することで温度補償部品を使わずに基本波と3倍トーンを使用して OCXO 並みの安定度を実現しているようです。
ヒーターなどを使わないことから、非常に小さな表面実装サイズが実現されています。
安定度が高い発信器と言えば「原子発振器」があります。
遠い昔に学校で習ったような気がする、ルビジウムやセシウムを発振源に使用したオシレータですね。
(ルビジウムとセシウム発信器を使った機材として有名な「GPS 衛星」について詳しく調べた記事が、以下のリンク先にあります。)
これらの発信器を簡単にまとめた表です。
(参考元 NDK社「OCXOの特長とご使用時のポイント」、John R. Vig氏「Quartz Crystal Resonators and Oscillators」)
項目 | 水晶発振器 | 原子発振器 | ||
TCXO | OCXO | ルビジウム | セシウム | |
精度 /年 | 2 X 10-6 | 1 X 10-8 | 5 X 10-10 | 2 X 10-11 |
エージング /年 | 5 X 10-7 | 5 X 10-8 | 2 X 10-10 | – |
温度安定度 | 5 X 10-7 | 1 X 10-9 | 3 X 10-10 | 2 X 10-11 |
短期安定度 | 1 X 10-9 | 3 X 10-10 | 3 X 10-12 | 5 X 10-11 |
体積(cm3) | 10 | 100 | 500 | 6000 |
余熱(分) | 0.03 | 4 | 3 | 20 |
電力(W) | 0.04 | 0.6 | 20 | 30 |
価格($) | 50 | 1 000 | 5 000 | 50 000 |
また、今回は出てきませんが、発信周波数を後から設定できる「プログラマブル発振器」もあります。(他のオシレータより安定度やスプリアスが良くない印象ですが、最近ではジッタなどが他のオシレータ並みに改善された製品も出てきています。)
基本の水晶発振器
これから、色々なオシレータの性能などを確認しますが、その前に「普通の水晶発振器(XO)」が、どの程度の実力なのか確認しておきます。

出場選手は ATmega328P を Arduino UNO 化する時によく使う、16 MHz の2本足の金属ケースのものです。(秋月電子で買った記憶が?)
これを発振させるために、ロジック IC(74HC04)を使った簡単な回路を、ブレッドボードで組みました。


この簡易発振回路の出力を GPS を使ったオシレータ校正器につないで1秒ごとの出力周波数を見てみました。
ちなみに、以下の全ての測定条件は同じです。
作業部屋は、真冬の北海道の集合住宅の室内なので、暖房機のファンが時々動作する室内という状態です。
測定条件的には過酷な環境ですが、普段使いの電子回路ならケースの有り無しの差はありますがこんな感じでしょう。
グラフは電源を投入して約1分後からのデータを使って作図しています。
変動の値は ±1 Hz でした。

SMD 水晶発振器
缶入りではなく表面実装タイプのオシレータです。
最近の回路で使用している部品は 3 mm 位なので、それよりは大きめですが、半田付けが楽な 5 mm X 7 mm の表面実装タイプの水晶発振器を測定してみます。発信周波数は 10 MHz の物を準備しました。
(ADF4351 評価基板を使用した、広帯域信号発生器で使っています。)
入手元は AliExpress です。
この部品のデータシートはありませんが、同じような表面実装 TCXO の性能は以下のとおりです。
・電源電圧:1.7 ~ 3.5 V
・消費電流:1.5 mA
・周波数安定度:±1.5 X10-6
・温度特性:±0.5 X10-6
・電源電圧特性:±0.2 X10-6
裏側の端子に単線を半田付けして、ブレッドボードで試験しました。
温度変化の対応は何もしていません。

このオシレータの端子の並びは、下図のとおりです。
端子は上から見た透視図で、それぞれの意味は、
・3.3 V:VCC
・RF:信号出力
・EFC:周波数制御端子(このオシレータでは NC)
・GND:グランド

安定度はこんな感じでした。
性能的には通常の XO と同じ感じですね。

正方形クリスタルオシレータ
金属製の容器に入った正方形のオシレータです。
大きさは DIP 8ピンサイズです。
このタイプは DIP 14ピンサイズの長方形の物もありますが、性能やピン配置は同じです。
入手元は秋月電子だったと思います。

このオシレータのピン配置は SMD タイプと同じです。
形状での識別は、ピン1(左下)がとがっています。

周波数安定度はこんな感じです。
簡単な計測ですが、このオシレータは ±0.5 Hz 以内で安定していました。
金属製のケースに入っているので、周辺温度の変化が内部まで届いていないのかもしれません。

18S-03A-4
少し前の電子工作の定番で、秋月電子で扱っていた 18S-03A-4 です。
サイズは、約20 X 10 X 8 mm です。
このオシレータは、時計などで使用するために発振周波数は 12.8000 MHz です。
左側の穴は、周波数調整か所です。

大きさは、上の長方形クリスタルオシレータと同じぐらいで、DIP 14ピンと同じ位置に足が3本あります。

手元のデータシートは、製造会社の「KYOCERA」社ではなく秋月電子の商品説明書なのでデータのみ引用します。
諸元 | 値 |
出力周波数 | 12.8 MHz |
電源 | +5 V ±5 %、5 mA |
出力レベル | 1 Vp-p |
負荷 | 20 kΩ/5 pF |
温度特性 | ±3 ppm/-20℃~+60℃ |
電源変動特性 | ±0.3 ppm/+5 V ±5 % |
エージング特性 | ±1 ppm/年 |
周波数可変範囲 | ±3 ppm |
周波数の安定度です。
上のオシレータより、さらに良い結果となりました。暫定1位です。

WTL 8331B
WTL 社の 8331B です。
サイズは、約20 X 10 X 5 mm です。
発信周波数は 10 MHz で、周波数調整か所が左上にあります。
入手元は覚えていません。
データシートは見当たりませんでしたが、ネット情報では周波数安定度は ±2.5ppm だそうです。

端子の位置は、上で紹介した 18S-03A-4 と同じです。
周波数は違いますが、差し替えて使えました。

周波数安定度です。
発信周波数は違いますが、18S-03A-4 とは勝負になりません。
普通の XO と変わらない程度の安定度でした。(残念!)

OCO500-18
どこで収取したのかも分からない、変な周波数のオシレータです。
VECTRON 社の OCO500-18 です。
表面には、63.897600 MHz と書いてあります。
サイズは、25 X 25 X 10 mm です。

何に使うのかと検索してみたら、「DDS シンセサイザーの優れたリファレンス」として使えるとありました。
「AD9852/AD9854 などの DDS シンセサイザには 4 倍のリファレンス乗算機能があるので、約 256MHz としてクロックに使用できる。」らしいです。
63.8976 X 4 = 255.5904 MHz
あれ?キッチリとした値にならずに端数が出ますね。リファレンスに使って大丈夫なのかな?
とりあえず計測してみます。
端子は、上から見て右側に3個、左側は2個の端子があります。
このオシレータも型番で検索してもデータシートが見つかりません。
下の図は VECTRON 社の似たようなオシレータの、ピン配置から推測したものです。
この接続で故障などが起きる可能性があります。ご注意ください。
なお、端子の名称は、
EFC:周波数制御電圧
RV:基準電圧出力

安定度はこんな感じでした。
通電100秒後からのログの抜粋ですが、上のオシレータより安定度が悪いですね。
データシートがないので分かりませんが、本当は EFC 端子をグランドに落とすとか、何か設定があるのかな?

5936A-AJD70
これからが本番ですね。
NDK 社のオシレータです。
表面にも「10.00000MHz」と書かれているので期待が持てます。

このオシレータはデータシートが見つかりました。引用します。

ピン配置です。

裏から見た図だと分かりづらいので、上から見た透視図です。

周波数安定度です。
思ったより良くないですねぇ。時間と共に周波数が増加するのが気になります。

NJC3340A
次も NDK 社のオシレータ NJC3340A です。
表面の記載は、さらに1桁多い「10.000000MHz」です。
サイズは、30 X 30 X 15 mm です。

表面下には周波数調整か所が見えます。
データシートが見つからなかったので、ピン配置は他の NDK のオシレータから推測したものです。

ネット情報では電源は 12 V と書かれたものがありましたが、他の同サイズの NDK オシレータは電源が 5 V の物が多かったので、安全のために 5 V で試験しました。
電源電圧を 12 V にすると安定度が変わるかもしれませんが、現状でのデータです。
(他と比べて余りにも安定度が悪いので、時間が取れたら電源を 12 V にしてやり直します。)

ADB30IIC
NDK 社の少し大きいオシレータ ADB30IIC です。
こちらも、データシートは見つかりませんでした。
サイズは、40 X 40 X 25 mm です。

ピン配置です。
左下のピンは EFC と書かれたブログを見ましたが、詳細は不明です。

周波数安定度です。
素晴らしい値です。今までの記録更新です。

9140A-CEE70
次のオシレータも NDK 製の 9140A-CEE70 です。
サイズは、40 X 40 X 35 mm です。

データシートに記載されている性能です。

データシートが一応見つかりましたが裏から見た配置だと分かりづらいので、上から見た端子図を作ります。


左下のグランド端子は、ネット上では EFC(周波数電圧制御端子)だとの記載がありましたが、データシートの記載と合いません。
図の向きで、左下の側面に調整か所があります。
周波数安定度です。
これも良い感じです。

DATUM 105766-002
DATUM のオシレータ 105766-002 です。
10 MHz GPSDO を試作する時に使った AliExpress で入手した OCXO です。
サイズは、50 X 50 X 25 mm です。

周波数の安定度です。
さらに1桁、性能が良いです。

その分、消費電流は大きくなります。
電源を入れてすぐは 340 mA、安定しても 155 mA も流れていました。
970-2123-0
CTS 社の 970-2123-0、10 MHz の OCXO です。
計測器からの取り外し品です。横幅はさらに大きくなります。
サイズは、約 70 X 50 X 20 mm です。

データシートは見つかりませんでしたが、ネット情報による各端子です。
周波数出力は端子ではなくコネクタになっています。

周波数安定度です。
良い感じです。

TCO-6278A
どこで入手したか不明な計測器のオシレータ部です。(多分、秋葉原のジャンク屋さん?)

フタを開けてみます。
TOYOCOM の OCXO が入っていました。
基板の回路を使用せずに、「TCO-6278A」オシレータとしての性能を確認します。
オシレータのサイズは、約 40 X 40 X 25 mm です。

このオシレータもデータシートは見つかりませんでしたが、基板のパターンと文字を頼りに端子図を作りました。

安定度です。
今までの TCXO とは違って一定ではなく、時間とともに周波数が上昇しました。
計測器(多分、周波数カウンタ)の信号源のはずなので、もっと安定していると思ったのですが、何が悪かったのかな?
ケースを開けずに、外から電源を供給すべきだったのでしょうか。

HP 10811E
OCXO のラスボスの登場です。
HP 10811E です。
サイズは実測で 70 X 60 X 50 mm(突起含まず)です。

側面にある端子の並びです。

右側にある「モニタ」端子は、オーブンの温度が安定すると LED が点灯するように出来るモニタ端子です。
外付けの推奨回路をデータシートから引用します。

また、データシートには、オーブン用の電源からオシレータの電源を作る回路も出ています。
秋月電子で1個100円で買える電源 IC(NJM723)で、精度の高い抵抗さえ手に入れば簡単に電源回路が出来るようです。(未検証です。)

性能はデータシートから引用しました。
・周波数安定度(長期):1 x 10-7 / year
・周波数安定度:< 5 x 10-10 / day
・余熱時間:10分以上
・電源
オシレータ部:11.0 ~ 13.5 V、30 mA
オーブン部:20 ~ 30 V、480 mA(@20 V)、720 mA(@30 V)
安定度はどうでしょうか?測定時間が短かったかな?
安定度は良いほうですが、思ったほどではありません。
時間が取れたら、もう一度、測ってみます。

ルビジウム
最後に、安定度が最高のはずのルビジウム発信器を見てみます。
昔の外付け HDD ケースの中に入れています。
久々に型番を見たら、FE-5680A でした。

お世話になっている、ラジオペンチさんのブログで紹介されていますが、このオシレータにはいくつかの種類があるようです。(解説の詳細はリンク先をご覧ください。)
端子図です。ただし、オプションによって若干の違いがあるようです。

D-Sub9 の各端子です。
No. | 機能 | No. | 機能 |
1 | +15 V | 6 | NC |
2 | GND | 7 | NC |
3 | Loop Lock | 8 | RS-232 Rx |
4 | NC | 9 | RS-232 Tx |
5 | GND |
周波数安定度を見てみます。
当然、高安定のはずですが・・・
DATUM の OCXO と同じぐらいの安定度ですが、こんなものなのかな?
ここまで来ると、計測に使った GPS 利用の器材の方の安定度が気になってきます。

おまけ
ついでに、自作の信号発生器などの周波数安定度を確認します。
ADF-4351
DDS ADF-4351 を使った信号発生器です。
信号源には、上で測定した SMD 0507(5 mm X 7 mm)の 10 MHz を使用しています。
その際の水晶発振器単体での安定度は ±1 Hz でした。

周波数安定度を見てみます。
上の写真では 144 MHz ですが、この信号発生器が出せる最低周波数の 35 MHz で測定してみました。
結果は、どんどん周波数が下がって安定しません。
(測定している30分ほどの短時間で 50 Hz ほど下がりました。)

Si5358A
Si5358A を信号源に使用した信号発生器です。
10 MHz で出力しました。
こちらは、30分ほどで 8 Hz ほど下がりました。

上2つのどちらも ± 1 Hz 程度しか変動しない水晶発振器を信号源に使っていますが、実際に出力される信号の安定度は、時間とともに変動して非常に悪かったです。
どちらもケースには入っていますが、オシレータは信号発生用 IC の評価基板上に実装されているので、他の部品の熱が関係しているのかな?
時間が取れれば、ADF-4351 を使った信号発生器には信号源を切り替える機能があるので、安定した 10 MHz を入れてみて、どうなるか検証をしてみたいと考えています。
評価
今回は「オシレータ選手権」という企画だったので、最後に順位を表にまとめようと思っていましたが、ルビジウムと HP 10811E の安定度が思ったより悪かったので延期します。
他にも、私の測定技量が低いため、OCXO なのに XO 並みの安定度になっていまった物もありました。
これは、使用した GSP を信号源にしたオシレータ校正装置の組み立てが悪いのか、検証に使用した電源の安定度が悪いのか、部屋の中で暖房を使いながら計測したので温度変化・空気の対流の影響なのか分かりません。
とりあえず今回は、データシートが見つからない色々なオシレータを調べて試行錯誤を繰り返しながら、端子の図を作った時点で満足してしまった感があります。
実は、おじさん工房さんが設計された「超高性能周波数カウンタ RFC-7」を ji1udd さんがプリント基板化されています。
この周波数カウンタは、「時間分解能 8ns」という高分解能です。
この周波数カウンタの基準信号源として、honkytonk さんが設計された「GPSDO 10.0MHz 基準周波数発振器」(周波数変動が 2×10-12以下)を使えば、しっかりとした測定が出来るかな?(honkytonk さんの「GPSDO 10.0MHz 基準周波数発振器」のリンク先です。)
RFC-7 の基板を譲って頂けることになったので、非常に細かな表面実装の部品が多いので不安ですが、組み立てて無事動作したら再挑戦したいと考えています。
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