GPS衛星の1PPS信号を利用した「10MHz GPSDO」を製作している最中、色々と勉強してみました。
特に、何も考えずに地図アプリで便利に利用していたGPS衛星が、アメリカ合衆国の1国の巨額な予算(軍事費)で作られていたこと。
少し前までは、民間用にはSAと呼ばれる誤差を加えていた上に、その誤差が大きい状態のままで各国にGPS維持の予算を請求する予定だったとか。(当然ですね。私も予算を負担する側の国民なら要求しますね。)
また、超高額のセシウム原子時計(数百万円)を、数年で寿命を迎えて大気圏で燃え尽きるようなGPS衛星に、複数個も積んでいると聞いてびっくりしました。(あのGPS衛星の大きさにも驚きました。)
「セシウムまたはルビジウム原子時計を搭載」ってどっち?
その中で、GPS衛星には「セシウムまたはルビジウム原子時計が搭載されている。」という記載が気になっていました。
「え?セシウムまたはルビジウムって言われても。」
例えば、新型車をディーラーに買いに行ったとします。
セールスが「新型のこの車おすすめです。」というので、カタログと現物を見比べて値段も気に入りました。
最後に「エンジンはガソリンまたはディーゼルになります。何が入っているかは買ってみなければ分かりません。」と言われたらどう思うでしょうか?
ガソリン・エンジンとディーゼル・エンジンじゃ燃料も馬力も維持費も全然違うのに「または」って何って思いますよね?
「GPS衛星に搭載されている原子時計のルビジウムの安定度は、10-9~10-11、セシウムは10-12~10-13」らしいので、全然違いますね。
記載された資料の発見
その道のプロではなく、専門的に勉強した訳ではないので図書館などで色々な本を読んでいて、とうとう見つけました。
「GPSのための実用プログラミング」坂井丈秦著、東京電機大学出版局です。
記載内容の紹介
108ページの「衛星クロックの性質」に以下の記載があります。(青地が要約内容)
「GPSのブロックⅠ衛星では基本的にルビジウムが採用され、後半の何機かの衛星にはセシウムも搭載されました。」
なるほど、最初の試験機では安価なルビジウムが搭載されて、セシウムを使うとどうなるかの実験のために後半では高価なセシウムを積んでみたんだな。
「実用型のブロックⅡ/ⅡA衛星ではセシウム2台とルビジウム2台、最近打ち上げられているブロックⅡR衛星ではルビジウム3台が搭載されています。」
この本の発行年は2007年1月なので、2006年頃の情報ですね。
実用段階に入って、セシウムとルビジウム両方を積んだのに、その後はなんでルビジウムだけになったんだろう?
「複数台が搭載されているのは衛星としての寿命を延ばすためで、使用中の原子時計が故障したら別の原子時計を稼働させる」
宇宙に打ち上げたら途中で修理に行けないので、バックアップを積むのは当然ですね。
次のページで、著者の方も、なぜセシウムとルビジウム搭載からルビジウムだけ搭載するようになったか疑問を持たれて検証をしています。
「一般にはセシウムのほうがルビジウムよりも原子時計としての性能は良いとされています。」
値段も一桁以上は違いますから、私もそう思います。
「最新のブロックⅡR衛星では、セシウムの搭載を中止して代わりにルビジウムを増やしているのです。その理由を確かめるために」
航法メッセージのクロック誤差と経過時間からグラフを作成して比較しています。すると、「ルビジウムのほうが誤差が小さく、しかも変動も少ない。つまり実際にはセシウムよりルビジウムのほうが安定した」
「え?そうなの。」
「一般にセシウムが原子時計が優れているといわれているのは長期間の安定性が良いためで、」「一方で1日以下の短時間についてはむしろセシウムよりも(ルビジウムが)安定しています。」「このため、GPS衛星にとってはセシウムよりもルビジウムのほうがむしろ都合がよいものといえます。」
説明が分かりやすく、理解しました。
つまり、現在のGPS衛星には、ルビジウム原子時計のみが搭載されているということですね。
また、衛星クロックの誤差について189ページに記載があります。
「宇宙用セシウム標準の精度はおおよそ10-13程度といわれていますが、これでも1日の間には約3mの誤差が」「そのため衛星クロックを補正することとなっています。」「また、GPS衛星は軌道上を3km/s以上の高速で周回していますので、相対性理論による効果が表れてきます。」「こうした効果を補償するように、原子時計の発信周波数は本来の10.23MHzから、地上から見たときに丁度この値となるように、0.004567Hzだけ低くなるように調整されている。」
元々が軍用なのでピンポイントでミサイルなどを誘導するのが目的ですから、3mもずれたら大変ですね。でも、こんなところでアインシュタイン博士が出てくるとは。
また、搭載しているルビジウム原子時計の周波数は、最低でも1/1000000Hz単位での微調整がされていることが分かりました。
「なお、SA(民間用に誤差を大きくする運用)があったころは、衛星クロックを進めたり遅らせたりすることで出されていました。」
湾岸戦争の際には、軍事用の携帯型GPSの調達が間に合わず民間用を使用したため、後からSAを解除した実績があります。元々地上から、原子時計の周波数は制御できる仕様なのですね。
その他の資料
その後、GPS衛星を運用している米空軍 第50宇宙航空団 第50作戦群 第2宇宙作戦中隊のホームページ(https://www.schriever.spaceforce.mil/About-Us/Fact-Sheets/Display/Article/275806/2nd-space-operations-squadron/)や米国政府によるGPS衛星の情報ページ(https://www.gps.gov/)で関連情報を確認しました。
GPS衛星クロックの安定度
その資料の中で、各衛星グループのクロックの安定度のグラフが出ていました。
また、搭載した原子時計の元となる「アメリカ海軍天文台」のルビジウム原子時計の安定度のグラフも見つけました。(これによると10-15程度の安定度に見えます。)
今後の衛星クロック
今後は最新型のブロックⅢ型衛星と比較して、5倍安定度が増したセシウム型のCold atom atomic clockと、
3倍安定度が増したルビジウム型のVapor cell optical clockを搭載するための開発を行っています。(2015年当時)
今後は、GPS衛星の捕捉できる数も増えて、搭載される原子時計の安定度も向上するようです。さらに安定した基準クロックが自宅でいつでも入手できる時代が来たようですね。
GPS衛星クロックについて分かったこと
GPS衛星の原子時計についてまとめると
1 GPS衛星の開発段階では、OCXO、ルビジウム原子時計、セシウム原子時計が混在して搭載された。
2 実用段階のGPS衛星では、まず、セシウム2台とルビジウム2台が搭載されたが、その当時はルビジウムの方が安定して機能したので、その後の衛星にはルビジウムが3台搭載された。
3 複数台の原子時計を搭載しているのは、故障した時のバックアップ(設計寿命は、当初5年間からブロックⅡFで15年間)
4 将来は、より安定したビーム式原子時計(セシウムかルビジウムかは未定)が搭載される。(2015年から見た将来)
5 どちらにしろ、GPS衛星を管理している地上局が定期的にGPS衛星のクロック修正を行っているので、使用者は気にせず使用することが出来る。
GPS衛星に搭載されている原子時計の疑問は解消しました。
同じような疑問をお持ちの方や、GPS衛星の情報を利用してプログラムを組む方には「GPSのための実用プログラミング」坂井丈秦著、東京電機大学出版局が役に立ちます。ぜひご覧ください。
その後のGPSDOの安定度
組み立てたGPSDOのGPSモジュールを「位置固定設定」に変更して、前回同様3日間の様子を見ていましたが、やはり安定度が良くありません。
今後は、搭載したOCXOを乗せ換えて改善したいです。
引用元
青文字:「GPSのための実用プログラミング」坂井丈秦著、東京電機大学出版局
(1):「NRL Time & Frequency ActivitiesAdvanced」, 16 September 2019, Francine M. Vannicola
(2):「Report From the U.S. Naval Observatory」, September 16, 2008, Dr. Demetrios Matsakis
(3):「Advanced GPS Technologies (AGT)」, 1 May 2015, Air Force Research Laboratory
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