前回、おじさん工房さんが設計した「高分解能周波数カウンタの RFC-7」で、水晶振動子の傾きを高精度測定した結果を記事にしました。
今回は、水晶振動子の傾きや重力による周波数の変動に関する追加の情報をお伝えします。
前回の「オシレータ発振周波数と重力」1回目の記事は、以下のリンクをご覧ください。
前回の検証方法
前回の高精度測定で使用した機材は、
・GPSDO:honkytonk さん設計の GPSDO(電源投入後1週間の誤差は +0.3 mHz 以下)
・RFC-7:カウント間隔は 2 Sec に設定(1 Sec で有効桁数10桁)
・OCXO:OSC5A2B02 搭載基板(AliExpress で購入)
でした。
この自作器材でも、実時間(2秒間隔)で数 mHz の誤差は、大きな値としてグラフ化することが出来ました。

新たな情報
前回の記事を書いた後に、色々な情報を確認することが出来ました。
現時点で、OCXO(又は水晶振動子)の重力などによる周波数の変化に関する情報をまとめてみました。
OCXO の構造
前回の時点では、すでに消去されてしまった海外の掲示板に記載されていた OCXO(OSC5A2B02)の分解写真をインターネット・アーカイブを使って調べました。
その後、おじさん工房さんの掲示板で「やどさん」が、OCXO の金属ケースをグラインダーで切断して開封した写真を公開されました。
OCXO の表面です。

内部の状態です。
金属ケースを真上に持ち上げた状態です。
前回は私が勘違いしていましたが、この OCXO は上側に部品が乗った基板が配置しています。
(水晶振動子が上で、上下逆だと思っていました。)

横から見たところです。
基板ー水晶ーケース下面 という配置になっていました。

また、「やどさん」は、一般的な金属ケースに入った水晶振動子も分解してくれました。(今回使用した OCXO に搭載されている水晶とは違います。)
ケースを取ったところです。

「水晶チップ」と回転の関係です。
この方向なら、歪みが少ないので90℃回転しても周波数の変化は数 mHz になります。

逆方向の回転です。
こちらは、90度回転すると「水晶チップ」への重力の影響が最大になり、周波数変化が数十 mHz に増加します。

この OCXO(OSC5A2B02)に使用されている水晶振動子は、しっかりと固定されているので型番は分かりませんでした。
そのため、内蔵されている水晶振動子の詳細(AT カット又は SC カットなど)は分かりません。
水晶の横に設置されているヒータ用の部品は、トランジスタでした。
型番は「2SD1803L」と読めます。
データシートによれば、NPN の大電流トランジスタで、
VCBO:60V
IC:6A
TJ:150℃
なので、OCXO のヒータ用には十分な温度特性を持っているようです。
水晶のカットによる違い
SC カットと AT カットの温度による周波数変動のデータです。
(NDK 社の「切断方位と周波数温度特性」より引用)
このグラフから、通常の OCXO で使用される衝撃や温度変化に対して高安定な SC カットの水晶の使用域の温度は、80℃という高温で狭い温度範囲であることが分かります。
対して、一般的に使用されて比較的安定度が高いと言われている AT カットの水晶は25℃ぐらいから50℃位までの間で安定であることが分かります。

前回測定した OCXO(OSC5A2B02)の簡単な温度測定をしたところ、表面温度は50℃位でした。
「やどさん」が分解した写真からは断熱材を使っているようには見えないので、ヒータの温度が80℃まで上がっているとは思えません。すぐ裏がプリント基板で部品が乗っていることを考えると、50℃ぐらいが限界でしょう。
つまり、この OCXO(OSC5A2B02)で使っている水晶は AT カットの水晶で、周波数が安定する50℃位に維持しているという事でしょうか?
シチズン社の情報
シチズン社は、極限まで誤差を少なくした(年差1秒)究極の電子式腕時計を開発する計画を、創業100年の記念事業としてスタートしました。
その成果が2019年に発売された「Cal.0100(キャリバー0100)」搭載モデルです。

この当時、販売されているもっとも高精度なクオーツ式腕時計は年差5秒程度の性能でしたが、これらに使用している水晶を、音叉型水晶から室温で高安定な AT カットの水晶に変更しました。
音叉型水晶は、少ない消費電流で動かせますが、周波数の高い AT カットの水晶を使うと周辺回路を含めて消費電流が増加するために腕時計に内蔵するのは困難を極めたようです。
なお、衝撃や温度変化に強い SC カットを使用しなかったのは、SC カットの水晶は80℃で安定するように作られており、腕時計を使用する室温(30度前後)では周波数が激しく変動するためです。
さらに、この「Cal.0100」を開発する際に収集した、水晶の角度と周波数変動のデータを「シチズン 前人未踏の年差±1秒の精度を実現したCaliber 0100 開発者インタビュー/第一回【水晶振動子編】」で公開しています。

ここでも、(音叉型水晶のデータですが)腕時計を縦と横にした場合に、水晶にかかる重力の変化で大きく周波数が変動するグラフが公開されています。
角度センサへの応用
NDK 社の「水晶を用いた物理傾斜 センサの特徴」(2019.9.25)という情報を見つけました。
以下の情報は、このページからの引用になります。
センサ部分に水晶を使っていますが、水晶カンチレバーという専用のセンサに仕上げているために、OCXO の角度による周波数の変位とは違ってきますが、大変参考になる情報です。

3個の「水晶カンチレバー」による角度と周波数の関係です。
角度(°) | センサNo.1(Hz) | センサNo.2(Hz) | センサNo.3(Hz) |
0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 |
-0.1 | 1120.7 | 1452.8 | 1184.2 |
-0.2 | 2485.9 | 3098.3 | 2508.1 |
-0.3 | 4180.7 | 4996.0 | 4007.1 |
-0.4 | 6261.1 | 7271.4 | 5750.4 |
-0.5 | 9288.3 | 10286.6 | 8762.1 |
事前に得られたこれらの値を使って、センサの出力周波数と角度変化の近似値を計算することで「校正」します。
さらに、振動と温度変化を抑えた場所に設置することで、地球の潮汐による地面の微小な角度変化が検出することが出来ています。

地球潮汐とは、太陽や月の引力により周期的に地球の海面が上下するとともに地球自身もゆっくりと周期的に変形している事を言い、この変化は、地表では最大で数十 cmになり、角度は 0.2 秒(5 x 10-5°)程度の変化となります。
この計測の分析結果として、水晶を微細加工して容量変化を周波数変化としてセンサシステムを構成することで、1×10-5°程度の微小な角度を検出できる高感度センサシステムを実現できるとしています。
その他の条件での重力の変化
さらに、京都大学の風間氏による「重力加速度は9.8じゃない!?」では、地球上で重力が変化する条件を解説しています。
大きく分けると、
1 重力 = 万有引力 + 遠心力 なので、緯度によって重力は変化する。
北極・南極では 983.2 Gal ですが、赤道では 978.0 Gal と小さくなる。
2 重力は地域ごとに異なる。
地球は、完全な球体ではないので場所によって重力が異なる。
(日本付近は重力が大きい。)
3 大気圧によって重力は変化する。
高気圧が近づくと上空の空気の質量が減るので、地上における万有引力が下がる。
4 すでに解説した地球潮汐によって重力は変化する。
月が近づくと重力は減り、遠ざかると重力が増える。

まとめ
アナログ式のメータに表示されている垂直や水平の記号ってありますよね?
今回の実験をしていて思ったのが、水晶振動子にもあの記号が必要なのではないかなと。
普通だと、OCXO が金属ケースに入った状態では、内部の水晶振動子の封入方向がわかりません。
こちらの回転軸だと、周波数の変動が大きくなるというのがケースの外からもわかるようにすべきではないかなぁ。

また、NDK 社の角度センサの実験と京都大学の資料から分かったことですが、GPSDO のような高精度な基準信号発生器の周波数は「地球潮汐」や天気による気圧の変化の影響が出るのではないかということです。
この実験では、水晶を使ったセンサの「水晶カンチレバー」を使うと、地球潮汐による 1 x 10-5° 程度の角度変化を捉えていました。
測定感度を高めた「水晶カンチレバー」と周波数変動を抑えた OCXO では異なると思いますが、1日というスパンで GPSDO の周波数を記録すると、微小な「地球潮汐」による重力変化が計測できるでしょう。
また、高気圧が近づくと気圧が高くなり重力が減るので、十分な精度が保障された信号源があれば、周波数の変動が計測できるかもしれません。
重力とは、質量や運動量による時空の歪みだったと記憶していますが、高精度な周波数カウンタが手に入ると、「時空の歪み」まで気にしなければならないとは、まるで SF の世界ですね。
(そのうち、重力子が検出出来たりして・・・)
さらに、AT カットの水晶より誤差が大きいとされている音叉型水晶など他のカットの水晶は、何か未確認の力(太陽が銀河系を回転している力とか)で変動していたりとか・・・
空想の種はつきません。
あ、元々、GPSDO に使用している GPS 衛星は、高速で移動しているために時間の進み方が地上とは違っていて補正していましたね。
すでに SF の世界に片足を突っ込んでいました。
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